「ねえお願い!そこをなんとか!」
「だから俺でも無理なもんは無理なんだって」

相変わらず部活へ戻っていない様子の京谷を説得してくれないかと矢巾に頼むも、それはあっさり却下されてしまった。女子に頭を下げさせるのはいたたまれないらしく「勘弁しろよー」と匙を投げている。

「私と矢巾の仲じゃん」
「俺らそんな仲良かったっけ?」
「だから矢巾と渡くんしか私の片想い知らないんだってば」
「いや、みんな結構知ってるけど」
「バラしたの!?」
「バラしてねえよ逆に自分がどんだけわかりやすいかお前わかってないの?」

そんなに私はわかりやすいだろうか。教室で堂々とタオルは渡したけれども、あれからほぼ毎日のように京谷に絡みに行っているけれど、比較的平静を装っているつもりだった。

「うわーめっちゃ恥ずかしい、恥ずかしいから京谷説得して」
「それ関係ねえし」

私の頼みも一蹴されてしまい、下げていた頭をいじけて上げる。「お前その顔」と矢巾は笑うけれど、私としては全く笑い事ではない。

「もういい矢巾のケチ、明日出直す」
「だから何回頼まれても無理だって」

そうしてあれから何度断られても頭を下げ続け早いもので一年が経つ。相変わらず京谷は部活へ行かないし、私は京谷を追い回しているし、矢巾から足蹴にされ続けている。少しだけ変わったことといえば、京谷は私のことをようやく“同じクラスのみょうじなまえ”だと認識してくれるようになったことくらいで、彼は相変わらず私を邪魔そうに扱っている。とどのつまり地団駄を踏む毎日だ。

「もう諦めれば?」

友人からも、矢巾からも言われる言葉はもうとっくに聞き飽きている。何度も聞きすぎて、まるで挨拶でもされているように聞こえるくらい。自分でも神経が図太くなったもんだと思う。

「あーあ、今日もかわいいなあ」
「そういえば隣のクラスの男子がなまえのことかわいいって言ってるらしいよ」
「なに言ってんの京谷のほうがかわいいに決まってんじゃん病院行きなよって言っといて」
「お前そろそろ現実に戻ってこいよ」

今しがた京谷が出ていった扉を眺めては溜め息が出る。恋患いもここまで来ると病気というより日常である。友人どころか矢巾も呆れたように溜め息を吐いた。

勝算のない恋に燃えるのは浅はかなのかもしれない。だけどそれは若さ故の特権であるとも思う。大人になったらきっと純粋ではいられなくなる。だったら今くらい、見返りも求めず玉砕覚悟で誰かを好きでいたい。だけどその誰かは誰でもいいわけでもない。

「京谷のどこがいいの?」
「素直じゃないだけでちゃんと優しいとこ」
「優しくされてるようには見えねえけどな」
「みんなわかってないなー」

得意気に笑うと、二人は怪訝な顔をした。彼は不器用だから、彼のよいところは私だけでも知っていればいい。誰も彼のよさに気づてあげられないなんて、それはあんまりな話だ。

「そんなみょうじにいいこと教えてやろうか」
「なに!?」

食い気味に訊ねると矢巾は口元をひくつかせた。これまでも矢巾は京谷の中学時代の活躍を聞かせてくれたり、よく学校近くのハミマでの目撃情報を教えてくれたりと私のストーキング行為を助長させている。今更なにをそんなに引くことがあるのだろうか。言うなれば矢巾とて共犯である。

「なんかその辺のクラブチームの練習混ざってるって噂。俺もよく知らない」

つまり彼は、バレーを辞めたわけではない。嫌いになったわけではない。それを聞いてなんだか少しだけ安心する。だけど矢巾は、もっと嬉しいことを教えてくれた。

「あとなんか超だせえ青いタオル首にかけてたっつってたな」

センスが悪いと言ったくせに、彼は甲斐甲斐しく使ってくれているようだ。一人頬を綻ばせるも「まさかお前センスねえとこもかわいいとか言い出すの」とげんなりしながら矢巾は言う。あまりにも失礼な言いぐさに、ゆるんでいた頬はつい膨んでいった。

「センスなくて悪かったわね」
「は?なんでお前がキレてんの?」
「見たことないくせに」

見ようによってはかわいいし、そもそもセンスじゃなくて使い心地で選んだのだ。なんて、それは私と彼の秘密でもよい気がしてその場をあとにする。どこに行ってしまったかわからない彼を探しに行こうと思った。今この瞬間、どうしても彼に会いたいと思った。

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