坊主の人もとい渡くん曰く、部活の途中で先輩と口論になりそのまま帰ってしまった日以来、彼は部活に顔を出さなくなったのだという。あの日のことだとすぐにわかった。

私が彼に恋をした日、彼はなにを思っていたのだろう。怒っていたのは確かだけれど、呆れたのか、投げ出したくなったのか、悲しくなったのか、それとも。
考え出すときりがない。重い足取りのまま教室へ赴くと、彼の席には奇抜な坊主頭が腰を下ろしていた。

思わず二度見する。教室内の誰もが遠巻きに彼を見ていたけれど、怖がって誰も近づこうとはしない。私だって緊張していたくせに、そんなもの吹き飛んでしまうほど好奇心が勝ってしまった。足が勝手に彼の席に吸い寄せられる。

金色に染められた丸い頭には、剃り込みが入っていて怖さは倍増している。白いブレザーより黒い学ランが似合いそうだ。校舎裏で煙草とか吸ってそう。まじまじ彼の頭を眺めていると、視線が煩わしくなったのかぎろりと睨まれる。

「……なんか用?」
「うん。これ自分でやったの?」
「……関係ねえだろ」
「柄の悪さ増したね」
「あ?」

凄まれたけれど、もしかしてこの人自分がどれだけ悪人面しているのか自覚していないのだろうか。

「まさか自分すごい好青年だと思ってる?」
「は?なわけねえだろうぜえな誰だよお前」
「は!?嘘でしょ!?」

二度目の“誰だよ”はさすがに傷つく。こいつ他人のこと覚える気なさすぎだと思う。彼はわけがわからず僅かに首を傾げているけれど、そのあざとい仕草があまりにもかわいくなさすぎて逆にかわいく見えてきた。

「あなたに助けてもらった鶴です的な」
「は?」
「タオルくれた仲じゃん」

私の言葉に彼は思い出すように目を細めた。「あぁ」と僅かに声を漏らして、そのままふいっと顔を逸らした。

「って、それだけ!?」
「まだなんかあんのか」

さっさとどっか行けと言わんばかりに睨まれるけれどここで怯んでは話にならない。私はこの男を追いかけると決めたのだから。

「この前タオル汚しちゃったから」
「きたねえもんはいらねえっつったべや」
「だから新しいの買ってきた」

手にしていたものを渡すと、彼は訝しみながら私と包装を交互に見た。あの日、彼と会話したその足で買いに行ってから数日、綺麗に包装してもらったはずのそれは鞄の中で少しだけ崩れていた。

「……人のこと警戒しすぎじゃない?」

あの日彼にされたように、彼の方へ押し付ける。あんなに恥ずかしがっていたくせに人が往来する教室で渡すなんて一世一代の暴挙である。好奇心には抗えない自分を愚かだとも思うけれど踏ん切りがついたのでよしとする。教室内がしーんと静まり返っているのは私の錯覚だと思いたい。

あまりの剣幕に押されたのか、彼は戸惑いながらも受け取ってくれた。しかしほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、お姉さんが綺麗に包んでくれた装丁はお構い無くべりべりと破かれた。

「えっ、ここで開ける普通!?」

驚きで声を上げると、彼も驚いたのかじっと私を見ては手を止めた。しかしここで辞められても、もう無惨に開けた包装紙から中身が半分見えている。

「……もうそこまでやったならいいよ」

目の前で開けられるのは少し照れる。おまけに恥ずかしくて確認こそできないけれど注目されているであろう教室でだ。ここで渡したのは自分だけれども。彼は舌打ちを溢しながら包装紙を剥く手を再開する。彼が溢した先程の舌打ちは「だったら最初から文句言うな」という意味だろう。なんだか少しずつわかってきた。
無言ながらも雑に開封すると、彼はまじまじとタオルを眺めていた。

「いや、あのね?うちのバレー部のジャージ色合い淡いよなって思ったから差し色的な?」

鮮やかすぎる青色に、彼は顔をしかめた。あまり好みじゃないらしい。この前の私は何故白無地を選ばなかった。自分で自分を恨む。

「でもこれすごいいいやつなんだって!ふかふかなんだよ」
「センスわりい」
「ですよね!」

何度かタオルを撫でながら、彼は私の言葉をばっさりと切り捨てた。がっくりと肩を落とすも、触り心地はやはりいいのかもふもふとタオルを弄ぶ彼に気づいて思わず笑みが溢れる。そんな私を彼は怪訝な目で見た。

「部活頑張ってね」

さっき渡くんと矢巾くんに聞いたことを忘れたわけではない。だけど言わずにはいられなかった。私の言葉に彼は凄んだ目付きをして、ふらりと視線をさまよわせた。地雷を踏んだのかもしれない。だけど彼に、部活へ戻ってほしいと私は思ったのだ。

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