「は!?京谷と!?」

いっこうにやって来ない私に業を煮やした友人が、練習が休憩に入ったのを期に探しに来た。そして先程起こった出来事を話すと、彼女は素っ頓狂な声を上げる。信じられないのは私も同じだ。だけど彼から受け取ったタオルだけは紛れもなく現実だった。

「ごめん、私先に帰るね」

ぼうっとする頭のまま、制止する友人の声も聞かずに走り出した。居ても立ってもいられなかったのである。


そしてあれから数日経つ。鞄の中を頻りに気にして進む朝。サービスカウンターのお姉さんに綺麗に包装してもらったそれを何度も確認して溜め息を吐いた。

京谷と初めて話した日から、彼を目で追ってしまう自分がいた。少し前までは「目が合ったらカツアゲされそう」だとかとんでもなく失礼なことを思っていたけれど、当たり前にそんなことはなく彼は自分のペースでのんびりと生きているようだった。野良犬のような男だと思った。人と群れることはせず、眠くなったら寝てお腹が空いたらなにかしら口にしている。飽きたらふらっとどこかに行って、気が済んだら教室に戻ってくる。

これを渡すついでになにか話したいと思うのに、なにを話したらよいのかわからない。彼は人を寄せ付けない男だった。

朝練をしているであろうバレー部が終わるのを、部室棟の手前で待つ。教室で渡すには人が多すぎて照れるので、今日意を決して朝練後の彼を待ち伏せるという苦肉の策に出てみた。まるでバレンタインに本命チョコを渡すような緊張である。なんと言って渡そうか頭の中を整理していると、朝練を終えたらしいバレー部が続々とやって来た。

しかしどれだけ待っても京谷はやって来ない。一年生なのだから片付けやらなにやらしているのかもしれないけれど、今日の朝練には顔を出していないのだろうかと不安が過る。意を決して最後にやって来た、私と同じく一年生だと思わしき二人に声を掛けてみた。

「あの、」

声を掛けられた坊主の人とチャラそうな男の子は目を丸くして振り向いた。そして私の手に握られている包装を見て察したのか、チャラい方が口を開く。

「及川さんならもう先行ったけど」

先程人がぞろぞろと歩いていった方を指され、私は首を横に振る。及川さん、と呼ばれた人があの日私がキャーキャー言うはずだった人なのだと理解はしたけれど、私が心を持っていかれたのはその人ではない。

「えっと、京谷を……」
「は!?」

予想外の名前に驚いたらしい二人は、口をあんぐりと開けて私を見た。私だってまさかあんなに怖そうな男にときめくだなんて思ってなかった。それはやはり他人から見ても意外なのだろう。どう見たって私は悪そうな男と並んで歩く見た目じゃない。

「えっ、なに?京谷のこと好きなの?」

彼のことが好き、という事実を他人に見抜かれると途端に恥ずかしくなってくる。顔に熱が集まるのを自覚して俯くと、「……まじだ」と小さく呟く声が頭上に降ってきた。

「弱味でも握られてんの?」
「違います」
「もっとなんかいるじゃん俺とか」
「矢巾、自分で言ってて恥ずかしくない?」

目を剥いて私を見るチャラそうな人もとい矢巾くんをたしなめる坊主の人は、極めて冷静に突っ込んだ。ちなみに私も坊主の人に同感である。

「でも意外だな」
「私もそう思います」

困惑している矢巾氏を置いて、坊主の人も不思議そうに私を見ていたけれど、優しそうな彼が続けたのは予想外の言葉だった。

「それで京谷なんだけど、この前から部活来てないんだよ」

今度は私が口をあんぐりと開ける番だった。

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