彼はマウンドの上で異質だった。

たまたま見に行った高校野球の試合。
武軍装戦高校という学校は、元々軍隊を養成する学校なのだという。なるほど確かに厳つい見た目の人が多い中、センターを守る彼は、目を引くほどに美しかった。

目立つようなプレーも言動もない。
正直、顔立ちなんて遠くてよく見えない。
だけどその人がやけに目につくのは、惹かれる何かがあったからだろう。
美しさというのは、それほどまでに不思議なものなのだと私は初めて知った。

試合は、十二支の勝ちだった。
彼らは負けた。
試合終了後、私は武軍の人達が出てくるのをひっそりと待っていた。
皆静かに球場を後にする。彼もまた、静かだった。
彼は私に一瞥もしないまま去っていく。
近くで見た彼は、本当に整った顔立ちをしていた。その目に生気は感じないほど、真っ直ぐで、澄んでいるようにも見えたし、真っ黒に濁っているようにも見えた。
不思議な人だ。
間近で見た彼を、そう思った。

それからというもの、私は彼の魅力に取り憑かれた。
たった一度会っただけの男。それも、言葉を交わしたことはない。彼は私の存在など知らない。それなのに。

どこか出掛ける度に、彼に会えるだろうかと探していた。
そんな確率、気が遠くなるような確率なのに。
彼に会いたくて、武軍の側まで行ったことすらあった。
それでもやはり彼には会えなかった。

彼に再び会えたのは、夏の終わった肌寒い夕方だった。

季節を越えても、彼に対する気持ちは変わらなかった。
また会いたい。そう思っていたとき。
大きな帽子と、黒いマスク。茶色い髪の、不思議な人がふらっと歩いていたのが見えて、私は思わず呼び止めた。

「……あの、」

彼は不思議そうに、訝しみながら、私を見下ろしていて。
伝えたいことがあったはずなのに、私はその人を見上げるしかできない。
周りの人が大きかったからか、彼はそこまで大きく見えなかったけど、こうして並ぶと充分背が高い。
無駄のないしなやかな体つき。
本当にこの人を象るもの全てが“美しい”としか言えなくて、私は思わず息を飲んだ。

「試合、見ました……」

それだけ言うと、目を見開いた彼。
何か言いたいのかもしれないその人は、何度か空中で手を泳がせた。

「かっこよかったです、すごく」

困った顔で私を見下ろして、何かを伝えるように一生懸命手を動かしていた。その手の動きの意味はわからなかったけど、それが手話であることは何となくわかった。
きっとこの人は声が出ないのだ。
だけど彼の思いを汲み取りたくて、どうにか意味を探ろうと聞き返したりもしたけれど、彼は眉を下げて首を横に振るだけだった。

やがて彼はポケットから紙とペンを取り出して、何かを書き出す。
綺麗な手が綴ったのは「ありがとう」というたった一言、綺麗な文字だった。

その紙を私の手に握らせる彼の手は、人形みたいな綺麗な顔に似合わずちゃんと温度があった。
そして手を振り去っていく彼の後ろ姿を、私は泣きそうになりながら見つめていた。

憧れていた人に、やっと会えた。

それだけで充分だ。
伝えたいことが伝わった。
言葉を返してくれた。
冷たい風が頬を撫でる夕暮れは、より一層哀愁を運んできて、遠くなっていく迷彩柄の背中を私はいつまでも見送っていた。

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