「明日どこ行こうかなあ」
「そういうのは普通カレシが決めてくれるから大丈夫だって」
「そうかなあ」

女子の会話の定番である恋バナに一人ついていけないまま、お弁当を食べ終わっても話に咲いた花は枯れないままでいる。

昼休みに4組へ行かなくなって数週間が経つ。お弁当だってゆっくり食べれるし友達と話す時間も増えるしもう月島の嫌味を聞かなくて済むし、チャイムを聞きながら友人に申し訳ない思いをして廊下を歩くことだってない。そう思うと清々するのに、最後に月島と話したときのことを思うとなんだか少し、胸が苦しい。それは私が一方的に逃げてきたからで、月島はきっとなんとも思ってない。

なんとなく居心地が悪くなって席を立つ。4組の方に視線は向くけれど、足はどうにも向かなかった。

「あれ?みょうじさん4組行かないの?」

廊下の端で突っ立っていると話しかけてきたクラスメートの男の子のあまりにタイムリーすぎる一言に、思わずすっとんきょうな声が出た。

「なんで?なんで4組?」
「みょうじさんて4組の月島と付き合ってんじゃねえの?」
「いやそれはない。中学同じだっただけ」

他の女子よりちょっと月島と話せるだけ、だから月島の情報と引き換えにプリンを貰おうとしていただけ。その情報がもう必要とされていないのなら、今の私には彼と話をしに行く理由はないのだ。そんな事情、目の前できょとんとしているクラスメートにとっては知る由もなければどうでもいいことだろうけれど。

「じゃあみょうじさんて好きな人いないんだ?」

ばつが悪そうに、そう聞かれる理由に気がつかないほど私も鈍感にはなれなくて、いくらなんでもそこまで無垢な少女でもない。曖昧に返事をしたときなぜか頭に浮かんだのは嫌味な笑みを浮かべた男で、そしてなぜか無性に、会いたくなってしまっただけだ。



彼の頭からヘッドホンを外すと、嫌な顔をすると思いきや月島は目を丸くして私を見た。

「久しぶりに来たと思えばなに?」

問いかける彼になんと答えていいかわからずに無言で彼の前の席に腰を下ろす。自分の眉間に皺が寄っているのは、自分が一番わかっている。

「またなんか聞きに来たわけ?」
「違う」

自分でもなんで来たのかはわからない。気づいたら足が勝手に向かっていただなんて、そんな笑い話がどこにあるっていうのだ。我ながら信じられないけれど事実私は4組までやって来ている。

「じゃあなにしに来たの?」
「……理由ないと来ちゃだめなの」

恐る恐る彼の様子を窺う。またどんな辛辣なことを言われるのかと心して彼の言葉を待ったけれど、予想に反して返ってきた言葉は素っ気ないだけで、優しい言葉だった。

「別に、来たいなら勝手にすれば」

目を伏せて彼は小さく息を吐いた。拒絶はされていないようだけれど、このところ胸につかえていた疑問の答えを知りたいと思った。

「月島って私のことどう思ってるの」

なんの脈絡もない、あまりに唐突な質問に月島が息を飲む。声は潜めたものの昼休み終了間際の教室でなんてことを聞いているんだとわかってはいたけれど、聞かずにはいられなかった。

「なに急に」
「ごめん変なこと聞いた。やっぱなんでもない忘れて」

やっぱりこの前のは私の勘違いだったのだ、そう言い聞かす。答えは聞きたいけれど聞きたくない。気になるけれど知りたくない。もしあれが本当に私の勘違いだったとしたら、私が今抱いている感情の行方は一体どこにぶつけたらよいのか、本格的にわからなくなってしまう。
だから答えは聞かない方がいいのだと思う。自分でもなにをしに来たのかはわからないけれど早々に席を立つ。だけど呼び止めたのは彼だった。

「バカな子って言わないと気づかないから困るよね」

心底面倒くさそうな彼の声に振り向けば、彼は私の方を向いていなくて、窓の外へと視線を向けている。だけどそれが私に言った言葉なのだということは、ちゃんとわかる。

「この際バカって言ったことは水に流すけどどういう意味」
「そのままだけど。いい加減気づきなよ」

相も変わらず私に視線はよこさない、眼鏡の奥の瞳が不機嫌そうに細められているけれど、それが照れ隠しだってことに私はようやく気がついた。

「月島って照れてるとき目合わさない人なんだ?」
「は?調子に乗るのやめてくれる?」
「ついでに言うと好きな子ほどいじめたくなるタイプなわけね、そんなんで察しろっていう方が鬼」
「鈍すぎるみょうじに言われたくない。ていうか場所くらい選びなよ、ほんと恥ずかしいやつ」
「やば、忘れてたそうだここ4組だ」

これ以上彼の小言が飛んでくる前に退散しよう、だけどその前に言っておくことがある。

「明日から毎日来てあげるね」
「うざいからたまにでいいよ」
「照れなくていいって」
「別に照れてないから」

いつにも増して軽い足取りで教室へと戻る。明日からは誰のためでもプリンのためでもなく、自分のために彼と会えるのだ。今度はいつから私を好きだったのかとか、そういうことを聞いてみたいと思った。しばらくはまた彼に質問責めする日が続くけれど、今度は彼も許してくれるに違いないだろう。

2016.05.29

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