昼休みの廊下は騒がしかった。重い足取りで向かうは1年4組、どうせだったら目的の人物がいなければいいのになんて思いながら4組の教室を覗き込む。私の願いは虚しく、残念なことに例の人物は教室内にいた。嫌味なほど長い脚は窮屈そうに机の下に収まっていて、ヘッドホンを耳に当てながら退屈そうに外を眺めていた。
ええい、来てしまったものは仕方がない。意を決して足を踏み入れる。ズカズカと月島の席まで歩を進めると彼の頭からヘッドホンを引き剥がした。

「……なに」

機嫌の悪さを隠そうともせずに私を見上げて彼は言う。その声色に一瞬怯みそうになったけれど、ここまで来てあとに引けるわけもない。

「……月島に聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」

どうやら聞いてくれるようだ。完全に私をバカにしている彼のことだから門前払いかと思っていた。月島の前の席の人物はちょうど席を外していたので、少しの間だけ椅子を拝借することにした。椅子を引っ張ってくる私を見て、月島は心底嫌そうな顔をする。失礼なことこの上ない。

「なに?長話なら付き合わないよ」
「手短に聞くからちゃちゃっと教えてくれれば」

短く息を吐き出して月島に向き合う。私は神妙な面持ちをしていたのだと思う。月島は面食らっているようだ。

「誕生日いつ?」
「は?」
「は?じゃなくて、いつ?」
「9月」
「……何日?」
「珍しく真面目な顔してると思えばなんでそんなこと教えなきゃいけないの」
「なんでも!ていうか珍しくってなに?失礼にも程があるんだけど」

月島はじとりと疑惑の目を向けた。私だって別にそんなこと聞きたいわけじゃないのに、それもこれも謝礼だという限定プリンのためだと自分に言い聞かせる。

「身長は?」
「秘密」
「体重非公表のアイドルか。好きなタイプは?」
「さっきからなんなの、僕の弱味でも握ろうとしてる?」
「してない、いいから教えて」
「気味悪いから嫌なんだけど」

はっきりと言い切られてしまい、表情が歪むのが自分でもわかった。月島が自分の情報を易々と吐くはずがないことくらいわかっていた。わかっていたけれど、いざ面と向かって気味が悪いとまで言われるといくらプリンのためとはいえ「私はなんでこんなことを安請け合いしてしまったのだろう」と少し前の自分を恨む羽目になる。

大体「みょうじさん月島くんと中学同じだよね?月島くんに色々聞いてきて」なんて言った女子達は月島の本性を知らないだけだ。見てくれはよいかもしれないけれど性格はお世辞にもよいとは言えない、女子に向かって気味が悪いと涼しい顔をして言ってくる男だぞ、と心の中でひっそり悪態を吐く。

「なにその顔、大体僕がみょうじの質問に答えると思ってたの?」
「思ってなかったけど高校生になった月島くんはちょーっとだけ優しくなってるかなって期待してた」
「残念だけどそれはないから」
「うん、身をもって痛感してる」

こんなことなら少し卑怯かとは思うけど山口に聞けばよかった。山口だったら聞いてない情報まで月島のことならば嬉々として自慢してくるに違いない。山口は女子に優しいし、私はどうやら選択を間違えたようだ。

「もういいよ山口に聞くから」
「なに言ってんの?口止めするに決まってんじゃん」
「どんだけ私に情報与えたくないの、悪用とかしないから」
「ていうか自分から“山口に聞く”とか僕に言うとか相変わらずバカだよね。知能レベル中学生で止まってるんじゃない?」
「あーもうむかつく、月島と話してたらストレスではげそう」
「神経図太いみょうじに限ってそれはないでしょ」
「いちいち一言多いんだって」

ストレス値が振り切れそうな私に対して月島は涼しい顔を一切崩さない。ああ言えばこう言う、月島を言い負かしたことなんて私には一度たりともなかった。


私と月島は中学の3年間ずっと同じクラスだった。月島はあまり積極的に会話に混ざるようなタイプではなかったから話したとしても当たり障りのない言葉を交わす程度だったけれど、さすがに3年間も同じクラスだとお互いの本性くらい見えてくるもので、気づけば軽口を交わす程度の仲になっていた。最初こそは言葉の辛辣さにいちいち胸を痛めていたけれど、これが彼の通常運転なのだと気づくと私もいつからか気を遣うことはなくなっていたのだ。

「月島の本性みんなに言いふらしてやりたい」
「僕は困らないから別にいいけど」
「その余裕腹立つ」
「どうも、ていうかやっぱり誰かに頼まれてきたんだ。そんなことだろうと思ったけど」
「あ!」

今更慌てて口を抑えたところで後の祭り。月島はじとりと私を睨んでいる。

「ちが、プリンのためとかじゃないの」
「へえ、人の情報売って謝礼まで貰おうとしてたんだ」
「あーもうこの口が勝手になんてことを!」
「うるさいからもう帰ってくれない?」
「お願い月島一生のお願い」
「それ何回も聞いた」
「何回も言ったかもしんないけど一回も聞いてもらったことない」
「そうだっけ?残念だね」

嫌味なほど爽やかに笑みを浮かべて月島は手を振ってくる。こうなった月島が話を聞いてくれるとは思わないので、恨めしく思いながらも渋々腰を上げた。仕方ないからプリンは諦める他ないだろう。

「今日のところは勘弁してやるけど、プリン貰うまで諦めないから覚悟してよね」
「やってみなよ、絶対教えないから」

宣戦布告をしたところでちょうど、昼休み終了のチャイムが鳴る。とぼとぼと教室へと戻りながら、そういえば高校生になって月島と話したのは随分久しぶりだったことに気がついた。

2016.05.29

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