大神が亡くなったとき、私達はまだ高校生で、子供だった。
なにこれ縁起でもない、こんなの捨てよう、いくら大神でも怒るよ、そう言って机の上に飾られた菊の花を何度もへし折ろうとしては、その度彼は哀れむように止めるのだ。
私にとってそれが初めて、受け入れたくない現実というものに直面した出来事だった。
以来私は大好きだったパステルカラーの服を着るのをやめ、常に喪に服した黒を着るようになった。それはあれから何年経とうと変わらない。私の色彩もその時全て止まったのだ。

対して大神とバッテリーを組んでいた白雪は、その名の通りよく白を着ていた。ここまで嫌みなく白の似合う男性を私は他に知らない。それが死装束の色だと気付いた時、私は白雪に言ったのだ。白雪まで私を置いて行かないで、と。一体いつの昼ドラで、何て言う悲劇なのだ。だけどそれがただのシナリオで、私がただの役者ならどれだけよかったろう。それならば幕が下りたら終わるのに、これは紛れもない現実で、大神は戻らない。白雪はいつでも死ぬ覚悟をしていて私はいつでも喪に服している。あの日から私は一歩も動けずに、深い海底で漂うほんの小さなプランクトンのように流れに身を任せながらただ年老いている。

大神の命日には、いつも白雪と共にいた。私達は卒業して進路を分かつことになり、そして社会人になったが毎年その日だけは二人、大神の眠る石の前で再会を果たす。なんとも皮肉な話である。
私は白雪に会うのが怖かったのだ。いつか彼が死への決意を固めたとき、私は二人分の悲しみを背負わねばならない。共に青春時代を過ごし、甲子園に想いを馳せた友人がいなくなるのは怖く耐え難い。だからいっそこのまま、彼が死を選んだことや亡き者になったことも知らないまま生きていきたいと思ったのだ。だから私は、白雪とは違う進路を選んだと言うのに。

「久しぶりだねなまえ。少し痩せたんじゃない?」

穏やかな笑みを浮かべ穏やかに言葉を紡ぐ白雪は、昔と違い白を着ていなかった。しなやかな体を芥子色のスーツに包む彼にあどけなさはなく、彼は大人になっていて前を向いて歩いているのだと知る。
もう、死を覚悟したりはしていないのかな。
そんな馬鹿げたことを今でも思う。

白雪に限って大神の後を追うなどということは絶対にない。それは高校生の私でもわかっていた。だけどどうしようもなく怖かったのだ。昨日までどんなことも笑い飛ばしてはチームやクラスメートを大きく包んでくれていた存在が突然目を覚まさなくなったあの時を思い出すと、こんな思いは二度と繰り返したくないと思った。大神とは違う風に白雪もまた、私や豪快すぎる大神をたしなめる大きな存在であったから余計に。

大人になり、随分髪が伸びた白雪は石になった大神に線香をやり、誰に言うでもなく一人言のように呟いた。

「大神が面倒見てた子達の、監督やることになったよ」

と。

大神が当時、小学生の男の子三人に慕われていたのは知っていた。いつもバックネット越しに目を輝かせては飽きることなく大神を眺めていたからだ。その子達の監督に、なるという。

「どういうこと?」

白雪の大きすぎる一人言に思わず口を挟むと、白雪は私に背を向けたまま続けた。

「あの子達、どうやら違う高校に進学したみたいなんだけど、甲子園とは別に県で代表チーム作って県ごとに戦うことになったんだ」
「じゃあ、それにあの子達が……?」
「みたいだね」

真っ直ぐに墓石を見つめる白雪の背中を見ながら、私は声を押し殺して泣いた。白雪や私が社会人になるのと同じく、あの頃大神を慕っていた子供達が高校生になり、私達が夢に見ていた甲子園の土を踏むことになる。そしてその子達を、大神の代わりに白雪が指導するのだ。世間は狭い。そして残酷で、だけどこの上なく上手にできているのだと知る。
声を押し殺していても私が泣いているのを白雪は察したのか、振り向かずにいてくれて、何も言わずにいてくれた。いつまでも喪に服し、そして不安定な情緒を携えながら意地でも泣かなかった私を、ただ気が済むまで泣かせてくれた。私はいつまでも取り戻せない大神や青春を悔やみ続けていたかったわけじゃない。本当は、羨ましかった。前を向いて歩いている白雪や大神を好いていたあの子達が。そしてもし大神が生きていても恥じることなく会える人間になりたいと思っていたのだ。だからこそ今、大神を慕っていた子達が成長したことや白雪が指導者になったことが嬉しくて、同時に自分が情けなくて仕方なくて、だからこんなに涙が出る。

「無理にとは言わない」

一頻り泣いて、漸く泣きやんだ私を背中で感じ取った白雪がまた、聞かせるように一人言を紡ぐ。

「なまえの苦しさ、僕にも背負わせてよ」

真っ直ぐに前を向いて歩く白雪は、決して非情なわけではない。彼は全てを飲み込み、受け入れた上で進む。対して私は後ろを振り向いてばかりで進もうとしない。それこそが非情であり、大神の気持ちなど何一つわかってやれていないのだ。私は全て見ていないふりをして、逃げているだけ。そんな白雪に私はぶら下がるわけにいかないとも思うが、背負った悲しみが同じ私達は決して白にも黒にもなりきれないのだ。それならば共にこれからも大神を思い出し、時に傷を舐め合える関係がいい。明日、黒い服を全て処分しようと決めた。喪に服すより、くだらないことで笑えていた私の方が、きっとずっといいからだ。真っ黒になりきれない私は真っ白になりきれない白雪の色彩を壊さぬよう生きていくと、かつて私の色彩を奪った大神に誓った。

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