冬の日暮れは随分と早い。寒さも相俟って冬は人の心を憂鬱にさせてしまうとなにかに書いてあったけれど、そんな人達の心を明るくするように夜道にパッと光が彩った。

「はいはいすごいすごい」

だけどここに一人、例外がいる。

「なんでそんな冷めてんの」
「なにが悲しくてこんな日になまえさんとイルミネーション見てんのかなって思っただけです」

自分だってこんな日に女の子一人捕まえられないくせして全く、相変わらず可愛げのない後輩である。仮に私を女扱いしていなくともあくまで私だって年頃の女子、ここは嘘でも喜んでおくべきだと私は思うのだ。

「ごめんね可愛い後輩付き合わせて」
「いいっすよ別に。送るっつったの俺だし、ついでです」

先程まで引退した3年を含めたバレー部の面々で騒いでいて、今はその帰り。駅前に用事があるというので二口は“ついでに”私を送ると申し出た。そして更に“ついでに”私が見たいと騒いだ冬の仙台名物であるイルミネーションに付き合ってくれているのだ。

「つうかなまえさんさっさと彼氏作ったほういいんじゃないすか?このままだと女腐りますよ」
「卒業したら本気出すよ」
「うわ先行き不安っすね」
「来年はわかんないじゃん」
「とか言って俺来年も付き合わされそうなんすけど」

別に俺はいいですけど、と付け足して二口はきらびやかなイルミネーションを睨み付けた。

少々口が過ぎる二口と、反対に寡黙が過ぎる青根は入部したときからなかなか手を焼いた後輩である。素行に問題があるわけではないけれど二人とも性根は真っ直ぐなのに勘違いされかねない性格をしている。だけど可愛げがないとは思っても、可愛くないと思ったことは一度だってない。要は二人とも不器用なだけなのだ。

「ていうか鎌先さんもなまえさんも卒業していいんすか?俺逆に心配なんですけど」
「なんでよ、3月にはするよ」
「うわー、大人になれなそう。もう一年いた方いいですよ」

小生意気な口を叩いて笑みを浮かべる彼を軽く小突く。彼の性根が曲がっていないことはわかっても、彼の本心だけはどうにもわからなかった。

いつもはこうして軽口を叩く二口が、時折ただの後輩に見えなくなることがある。それは例えばさっきの一言、“来年”だって付き合わされてもいいと言ったときの彼の表情。冗談のように笑ってくれたなら「来年は彼氏と来るよ」なんて言い返せたのに、あんな風に小さく呟かれたらなにも言えなくなる。そしてそういう雰囲気になったとき、決まって彼はおどけてみせた。

これはあくまで私の願望なのかもしれない、二口に他意はないのかもしれない、だけど少しずつ彼を意識して期待してしまう自分がいて、彼の本心を知りたいと思う自分がいる。冷たい風が鼻先を掠める。マフラーに口元を埋めると思わずくしゃみをもよおした。

「うわ、まじで色気ないくしゃみですね」
「仕方ないじゃん出るもんは出るんだから」
「寒いんなら言えばいいじゃないですか」

そう言っておきながら人の手袋を片方奪い取ると、二口はそれを当たり前のようにはめた。

「ちっさ」
「そりゃあね」

寒いなら言え、とか言いながら言っていることとやっていることがあまりにも違いすぎる。まさしく鬼の所業。手袋の中で温まっていた手は外気にさらされて、今にも凍えてしまいそうだ。

「返してよ、寒いんだけど」
「いやですよ俺も寒い」
「寒いなら言えとか言っときながらこの仕打ち」
「なまえさんは後輩が可愛くないんですか?」

そう言われるとぐうの音も出ないとわかっていて、つくづくズルい後輩だと思う。唇を尖らせると「なまえさんブスになってますよ」なんて言ってのけるあたり本当に可愛い顔した悪魔だ。

「そんな寒いんですか?」
「私指先冷えやすいんだよ」
「代謝悪いと太りやすいって言いますよねー」
「なに、私が太ってるって言いたいの?」
「いや別に?それ着ぶくれですよね?」

手袋を奪った挙げ句笑いながら人をおちゃくるなんて、本当にとんでもないやつだ。だからそんな容姿でクリスマスに彼女がいないんだ、と人のことを言えないくせに思う。なにも言えずに臍を噛むと、二口が私の手を取った。

「うわ、冷た」
「だから言ったじゃん」
「もっと早く言ってくださいよ」

そう言いながら、二口はジャージのポケットに私の手ごと突っ込んだ。戸惑いがちに絡められた指先は、物理的にも違う意味でも熱を持つ。今度は手汗をかきそうだ。

「来年も一緒に来たいね」

一体どういうつもりでこんなことをしたのか、探るつもりで言ってみる。可愛い顔した悪魔はふいっと顔を背けて「そうっすね」と呟いた。素直になれない後輩の本心は、一回り大きな手のひらが教えてくれた。その答えを骨ばった手の甲に確かめる。握り直した彼の指先の熱は、冷えた私の手にゆるく伝っていった。



2015.12.23

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