受験勉強中にお腹が空いてコンビニまで行った数分前の自分を恨みたい。せめてこんな格好してくるなよ自分。
ヨレヨレのTシャツにカーディガン、元カレが置いて行っただぼだぼのスウェット、ちょんまげにすっぴん。挙げ句の果てには某耳にリボンをつけた猫のキャラクターサンダル。
恥ずかしい、恥ずかしいったらありゃしない。
新商品のロールケーキとポテチとミルクティの入った袋を提げてほくほくと出口に向かうと、入れ違いに入ってきた赤い集団。あれは我が校が誇るバレーボール部ご一行様ではないですか。でも私すっぴんだし前髪結んでるし、こーんなやる気のない格好してるから誰も気付かないだろうと高をくくる。
よし、見てない見てない「あ、みょうじじゃん」見られた…!

ぐぎぎ、と効果音が鳴りそうなほど恐る恐る振り向くと、一年の頃同じクラスだった夜久が手をヒラヒラさせていた。黒尾くんと海くんは同じクラスになったことはなくても学年が同じだから知っているけど、あとの子は知らない。ソフモヒの金髪くんがソワソワしているけれど、私は夜久とアワアワされるような関係ではないから誤解しないでほしい。

「よくも見破ったな」
「なんだよそれ。珍しく変な格好だな」
「変な格好とか私が一番知ってるから言わないでください神様仏様夜久様」

改めて言われると本当に恥ずかしい。そこは流してくれてもいいじゃないか。私と夜久がただの元クラスメートならそうしてくれたのだろうが、そこそこには仲が良かったから容赦ない。

「なに買ったの?うわ、お前こんな時間にそんなもん食ったら太るぞ」

袋を覗き込まれ顔をしかめながら夜久が言う。

「うるさいな、お母さんか」
「心配してやってんだろ」

夜久はまだしも黒尾くんと海くんとは話したこともないのにいきなりすっぴんを見られるのはちょっとばかり気が退けたのでさっきから顔を上げることができない。コンビニのやけに明るい照明に晒されるなどもっての他だ。

「にしても眉毛ねえなお前」
「もうほんとうるさい帰るじゃあね」
「待てって。送るから」

ちょっと外で待ってろ。
そう言いつけられて大人しく外に出る。夏も終わって少し肌寒い夜に外で待ってろというなんて、と思ったけれど私がすっぴんで気が気でないのを夜久は察して言ってくれたのだろう。仲が良いから、からかわれることはあっても夜久は根っから優しい奴だということを私は知っている。

「よし、行くぞ。じゃあ明日な」

一緒に出てきた部員達に夜久が手を振ったのを見て、私も小さく会釈して背を向ける。金髪のソフモヒくんが「ややや夜久さんのか、かの」と、どもっているのも黒尾くんが不敵な笑みを浮かべているのも見えていたけれど、断じて違うから辞めてほしい。

「私の家こっから近いから送ってくれなくてもいいのに」
「いいんだよ、みょうじと話すの久しぶりじゃん」

確かに、クラスが離れてから夜久と会話するのは久しぶりだ。バレー部の中では背が低い夜久も、高1の頃に比べると大きくなっていた。夜久と並んで帰るのは初めてだったけれど、どこか懐かしさすら感じる。

「部活、引退しなかったんだね」
「春高行くからな」
「そっか。見に行っていい?」
「来いよ。楽しみにしてる」

同じクラスだったときは、よくノート見せてもらったりお菓子取ったり取られたり、そんな他愛ないことでじゃれていたのに、時間が空くとこうも他人行儀になるのだろうか。正直、夜久と話すことが浮かばない。

「お前は?進路どうすんの?」
「一応進学。受験ストレスでお菓子に走ったところを夜久に現行犯逮捕されたなう」
「逮捕って。まあ頭使ってんなら多少食ってもいいんじゃねえの」
「そう言っていただけると助かります」

少しだけ距離があるのは、私達の関係がただの元クラスメートだからで。それでも夜久の頭がすぐそばにあるように感じるのは、私達の身長差が僅かだからだろう。
男の子は背が高い方がいいと思っていた。でもこの近い距離も、それはそれでドキドキした。夜久のくせに、ちょっと背が伸びたからだ。だからちょっとだけドキドキするんだ。

「時間大丈夫?ちょっと寄り道しようぜ」

理性的で温厚な夜久の、悪戯を思い付いたような子供みたいな顔を久しぶりに見た。きっとこんな時間も卒業してしまえばなくなってしまうと思うと、途端に寂しくなって、途端に夜久が遠くに見えた。

「この近く、公園あるよ」
「おー、じゃあ決まりだな」

寂しいのは秋だからで、私達が高3だからだ。そしてすっかり日も暮れて、私達を見ているのは星だけだったから、つい。夜久の手は温かくて、そんなに背が違わないのに手は大きくて、厚かった。控えめに握ったその手のひらを、確かめるように握り返される。
仲が良い夜久だから、こんなことできるのよ。誰にでもこんなことしてるわけじゃない。
元カレと別れて長いから、寂しくなったからとか、言い訳は山程出てくるのに、そのどれもが適切ではない気もしてくる。

「ブランコ乗りたい。靴投げやろ」
「お前受験ストレスこじらせすぎだろ」
「じゃあシーソー」
「この時間にお菓子買いに出ちゃうお前と俺だったら俺がいつまでも降りられないだろ」
「じゃあ……」
「話そうぜ。久しぶりだし」

繋がれた手の温度に意識が持って行かれないように、わざとお道化た私に逃げ場を与えてはくれない。先に手を繋いだのは私だ。その手の理由を聞きたがるのは何ら不思議じゃない。
でも私にだって聞きたいことがある。
夜久は優しいけど、チームメイトと別行動してまで偶々会った元クラスメートを送るような男じゃない。気を付けて帰れよ位は言うけれど、友情には熱い男だし後輩の面倒見だっていい。だけどその優しさは男女隔てなく平等だからこそ夜久の優しさは本物なのだ。
その夜久が、何で。

「あっちのベンチがいい、外灯あんまないから」
「すっぴんとか気にしねえって」
「私が気にする」

今更夜久に恥じらったって女らしくないところも沢山見られているのに、それでもこんな時くらい可愛い子でいたい。こんな格好だけど。

固くて冷たいベンチに腰を下ろす。鳴いている虫の声が耳に入ってこないほど、私は緊張していた。意識なんて今まで一度もしたことない夜久に。未だ繋がれている手の温度が全身に広がる。

「夜久のこと、」

私が言いかけると、夜久のくりっとした目が私を捉える。
夜久の方を向けないのは、すっぴんだからだ。夜久にドキドキしてるからなんかじゃない。絶対、そう。

「卒業して会えなくなったら寂しいって思ったんだよ、さっき」

自分でも、何でこんなことを思ったのかはわからない。どういう意味なのかもわからない。
来年の春、高校生活を終えたって私達はまだまだ子供で、自分の感情に似合う名前をまだまだ知らない。でも複雑に絡み合うその感情達の名前を大学だって教えてくれないことも、自分で見つけて行くしかないことも、本当はこの感情の名前を知っていることも、本当は私も気づいている。
でも、こんないきなり芽生えた感情に戸惑っているだけだ。

「俺も。コンビニで会ったとき、なんとなく今話さないともう話せない気がした」

同じ学校なのだ。そんなこと、ないのに。それでも私も似たようなことを思った。同じクラスでどれだけ仲が良くっても、私達は互いの連絡先を知らないしクラスが離れてから今日まで話もしなかった。
じゃあ卒業したらどうなる?もう会えない可能性の方が高いじゃないか。
今は高校という狭い世界しか知らなくても、きっとそのうち私達は世界を知る。そのとき互いの存在を忘れてしまうには、夜久という男があまりに惜しいと思ったし、過ごした時間が尊かったと気づいたのだ。

「夜久はいい人すぎるんだよ。近すぎたとき、気づけなかった」
「俺だって、お前のことただの仲良い同級生としか思ってなかった 」

星しか今の私達を見てないから、いいだろう。
そう思って夜久の意外にもガッチリした肩に頭を預ける。
だけどこれからは誰かに見られたっていい。これが最後なんかじゃないなら、私は堂々と夜久を好きになる。
「お前の前髪くすぐったいんだけど」そう言いながら大人しく私を受け入れてくれるだけで夜久の気持ちが同じだってちゃんと伝わっている。
ずっと好きだったとかそんな大義名分なくたって、私はそれに見合うだけの夜久の優しさを沢山知っている。
次の試合は少しだけお洒落して、バレーをしてる夜久を見に行こうと思った。

ただの元クラスメートから、好きな人に変わった夜の温度は、涼しさを温もりに変えて行く。こんな夜はこれからも、何度だって夜久と身を寄せあっていきたいと思ったのはきっと私だけじゃない。

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