充実した夏休みとは無縁に終わるかと思った矢先、思わぬ誘いが舞い込んだのはつい3日前のこと。友人と地元の祭りに行くだけと思い歩きやすさを重視した適当な装いを心底恥じた。

「ちょっと、知らない人も来るんなら先に言ってよ」

まさかの大所帯となり、人混みを掻き分け友人の元へ行く。しかし友人は「だって言ったらなまえ来ないかと思って」としれっと言ってのけた。それは確かにそうなのだけれど、だからといってこれはどうかと思う。どうせ崩れると思いほぼすっぴんに近い、歩きやすく、かついっぱい食べても苦しくならない楽な服装。友人曰く「なまえにもそろそろ幸せになってほしくて」らしいけれど、こんな飾り気のない女を好き好んで口説く男がどこにいる。友人もまさか私が祭りにこんな格好で来るとは思わなかっただろうけれど、友人のサプライズは裏目に出てしまった。今のところ私に話しかけてくれる男の子はおらず、輪の中に混じる友人を一歩引いて見ながら私は林檎飴をバリバリと貪る。なんだかいつもより甘くない気がするのは気のせいだと自分に言い聞かせる。疎外感は味覚を奪ってしまったようだ。口直しになにか食べようかと思ってからは早かった。

「ちょっとなんか買ってくる」

友人に言いつけるや否や、逃げるようにそそくさとその場を後にした。先程までは薄化粧であるという引け目から顔を上げることができず、屋台をゆっくり見ることもできなかった。こうして一人でいるほうがよっぽど気楽でいい。一件一件見て回っていると、久しく見ていなかった背中を見つけた。

彼は私のことを覚えているだろうか。中学三年間同じクラスで、密かに彼を想い続けた私のこと。その背中には所属している部活を掲げていて、今もバレーに身を捧げているのだと知る。ヨーヨーをすくう彼の後ろ姿を眺めていると、彼は不意に立ち上がり振り向いた。動じずにその姿を見続けていたのはほんの少しの賭けに他ならない。忘れられていたなら私も淡い青春の思い出を忘れて潔く先程までの輪に戻ろうと思ったけれど、彼は目を丸くして私に寄ってきた。

「みょうじじゃねえか」

彼の背中越しで「なに岩泉、知り合い?」と問う背の高い男の子が数人。そこに彼の相棒である及川はいなかった。

「久しぶり、及川は?」
「知らね、女に捕まった」

なるほど、岩泉も変わっていないけれど、及川も相変わらずのようだ。及川とも久しく会っていないけれど彼が変わっていないことは容易に想像できる。今も人懐こい笑みを浮かべているのだろうと思うと自然に私も笑みが溢れる。

「相変わらずだね」
「お前もな」

私が彼に言った「変わってない」は誉め言葉に他ならないのだけれど、言われた私はなんだか嬉しく思えない。卒業してからいい女に成長したのだと思ってほしかったものの、如何せんこの格好。相変わらず色気のない女と思われてしまったのかと思うといたたまれない。ひっそり落胆している私の気など露知らず、岩泉は腰を屈めて私の顔を覗き込んだ。

「お前まさか一人で来たのか」

少しだけ声を潜めた岩泉の目は若干引いている。こんな格好で一人うろついている女子高生、かつての同級生だったとしても不思議ちゃんにも程がある。勢いよく首を横に振ると、岩泉は少しだけ安心したようだった。

「はぐれたのか?」
「それも違う」
「じゃあなんだよ」

男の子を紹介されそうになっていて、だけど誰にも相手にされなくてつらくなって逃げてきた。なんて、なにが悲しくて好きだった男に言わなければいけないのか。曖昧に濁すも岩泉は眉間の皺を深めるばかり。ハッキリしないものが嫌いなところも変わっていないのだと知る。そしてこの期に及んで「岩泉のこういうところが好きだな」なんて思ったりする。

「バックれたの。知らない人達もいて、なのに私こんな格好だし」

やけっぱちで言うと岩泉は声を上げて笑った。妙に納得されるよりも潔くて清々しいのは認める。変な服装で来ておいて言えた口ではないけれど、片隅に残っていた羞恥心に耐えかねて手のひらで顔を覆った。

「笑われると余計恥ずかしい」
「わりい。で、バックれてお前これからどうすんだ」
「心の準備ができたら戻ろうかなって」
「なんだそれ」

呆れたように短い溜め息を吐いた岩泉にばつが悪くなる。居心地悪く身を縮こまらせていると、それをなんだと勘違いしたのか岩泉の友人が寄ってきた。

「お取り込み中ごめんね、俺ら先行くから」

そうだ、私はともかく岩泉にも連れがいたんだと思い出し慌てて岩泉を解放しようと思ったけれど、岩泉は快く返事して私にもう一度向き合った。困ったように笑う岩泉の友人に申し訳なく思う。

「ごめん、私すぐ戻るから」
「お前心の準備できてねえだろ、気にすんな」

からっと笑ってみせた岩泉に胸がきゅんと締め付けられる。卒業して今日の今日まで思い出さないようにしていたのに、やっぱり私は岩泉のことが好きらしい。告白の1つもできなかった過去の淡い恋愛は時間が解決してくれるものだとばかり思っていたけれど、気持ちの落としどころも用意しなかった恋は勝手に終われないのだと思い知る。「お前のことだからどうせ緊張したっつってろくに食ってねえだろ」とたこ焼きを分け与えてくれる優しさも、全然変わっていないから余計にそうだ。

「青のりつくからいらない」

照れ隠しに顔を背けるも、本当はお腹が空いている。それを見越してか、岩泉は尚も続けた。

「おら、屋台の兄ちゃんが青のり抜いたやつよこしてきたから食え」
「あーもうお腹空いてるときにやめてよ」
「じゃあ食えばいいだろうが」

ほら、と楊枝を差し出してくる岩泉に大人しく口を開けると「甘えんな、自分で食え」と一蹴された。だけどこのしょうもないやりとりによって、どうしてだか昔のことばかりが思い出される。

歯に衣着せない岩泉だったけれど、基本的に彼は正しいことしか言わない男だった。尚且つ他人に厳しいその倍自分に厳しい。だからこそみんな岩泉に一目置いていたのだ。取っつきやすい及川にぶつけられている好意と同じくらい岩泉だってちゃんとモテていたことを、きっと本人は今も知らないのだろう。そしてその女の子の中の一人が私だったってことも。知らないまま大人になっていつか岩泉が誰かを好きになったとき、悔しがる女の子は少なからずいるはずだ。少なくとも私は絶対に悔しい。そう思うと、自然に眉間に皺が寄った。

「どうした、熱かったか」
「違う」
「生焼けか?」
「それも違う」

女心に人一倍疎い岩泉のことが、私はどうしても好きだった。思春期真っ只中の男の子達の中で岩泉だけが特別に見えるくらい、本当の意味で男女平等に接する男だった。甘やかしてはくれない手厳しさが心地よく感じるほど。

「岩泉さ、今好きな人いないの?」
「あ?なんだいきなり」
「いいから」

眉間に皺を寄せたまま突拍子もなく言い出した私に岩泉は困惑していた。それでも今どうしても聞きたくて仕方がない。今日を逃したら次はいつ会えるか、もう二度と会えないかもしれない。そう思うといてもたってもいられなかった。

「いねえよ」
「そっか。うふふ、なんか安心した」
「相変わらず笑い方気持ちわりいな」

願わくはその好きな人の座に私が立候補してもよいのかなんて聞けやしない。だけどこの再会を偶然なんかで終わらせたくもない。出任せで言った心の準備なんてのも、するつもりはない。

「なんか久しぶりに岩泉に会えたから来てよかったかも」
「俺は別に構わねえけど、お前の連れどうすんだ」
「運命の人と再会したって言っとくよ」
「ああ?なんだそれ」

あながち冗談でもない本心は、いつかのために言わないでおこうと思う。燃やし尽くしたと決めつけた気持ちが再び燃えようとしているのを実感しながら、二つ目のたこ焼きに手を伸ばす。

「結局二つ目も食ってんじゃねえか」
「お腹空いてたの。言っとくけどいっぱい食べる気でこの格好なんだからね」

表情1つ変えずに突っ込む岩泉の声を頭上に頬張った、適温に冷めたたこ焼きは随分とおいしく感じた。

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