振り向いた先にいたのは誰だったのだろうか。驚く彼女が最期に目にした人物。パトランプが暗闇を照らす。次の場面で彼女は死んでいた。被害者は女性、会社員。物語の序盤も序盤、犯人など皆目見当もつかないのにテレビの前のよい子の私は頭を捻らせてみたりする。警部ってかっこいいなあ進路今から変えようかなあと現実逃避する私の鼓膜に大層大きな音が響いた。

「腹減った!」

豪快に扉を開け入ってくるなり鞄を雑に置いた弟、貫至のご帰宅である。部活帰りのため疲れきっているはずなのに、騒々しいことこの上ない。

「うるさい、今ドラマ見てんの」
「知らねー!俺腹減ったの」

早速始まった戯れ、もとい姉弟喧嘩に、洗い物をしていた母親が「貫至手洗ってきなさい」と優しく宥める。ドラマはさして興味のない父親は、顔色を変えることなく来る週末のためゴルフクラブの手入れに勤しんでいた。これが我が黄金川家の日常である。

決して乱暴なわけではなく、普通に生活しているだけで騒がしい貫至は大きな音を立てて居間を飛び出した。力が有り余っているらしい、部活で全体力を発散させても尚、高一男子の回復力は恐ろしく早い。ドタドタと階段を駆け上がり、これまた豪快に自室の扉を開けた音が居間にも響く。そうして私は被害者の知人が言った重大な証言を聞き逃した。

「お母さん、貫至うるさい」
「いいじゃない、男の子は元気な方が」
「元気通り越してるから言ってんの」

言ってるそばから今度は洗面所の方から貫至の叫び声が聞こえる。今度はなんだと扉を睨み付けていると、顔面蒼白な貫至が豪快に扉を開けた。

「ちょ!カマドウマいる!」
「そんくらいで騒ぐんじゃない。男の子でしょ」
「ビビるもんはビビんだから仕方ねえべや!」

ぎゃんぎゃん騒ぐ黄金川家の子供達に、今度は父がティッシュ箱を手に腰を上げた。無言でカマドウマを外に逃がしてやると、颯爽と居間に戻ってくる。父の威厳とはこういうものなのだろう。姉弟で雁首揃えて感嘆の声を漏らすも、父は平然とクラブの手入れを再開した。

招かれざる客カマドウマが去ったことにより一件落着、貫至がようやく大人しく食卓につき静かな時間が訪れる。
テレビ画面を食い入るように見つめる。あー私、犯人わかっちゃったかも。絶対この男の同僚だ、金銭トラブル、更に痴情の縺れ、この被害者死ぬ前に相当やらかしたなと苦虫を噛む。金銭トラブルなら被害者の遺族もだけど、それはないだろうと踏んでいると、背中越しに貫至が叫ぶ。

「犯人絶対この妹だって、俺姉ちゃんにたかられたらムカつくもん」
「バカだねー、絶対同僚だから。だってこの男金貸してる女に振られてんだよ?」
「普通好きなやつ殺さなくねえ?」
「普通身内も殺さないから」

普通が通じたら誰も人なんて殺さないと思うのだ、だけど犯罪者の気持ちも汲まないと事件なんて解決しえない。しかし証拠は一向に出てこないまま、おまけに容疑者のアリバイが認められてしまったところでCMに入るとすかさず貫至はバラエティ番組にチャンネルを変えた。

「なんで変えんのさ」
「俺こっち見たい」
「もうCM終わるから早く変えてよ」
「姉ちゃんばっかずりい!」
「うるさい明日も朝練あんでしょ早く寝な」

高一にもなるとかわいい貫至くんではなくなる、どこで覚えてきたのと聞きたくなるような睨みを効かせてくるけれどここは姉としての威厳を見せなくてはいけない。父のようにカマドウマは捕まえられないけれど、私にだって威厳はあるのだ。

「冷蔵庫にプリンあるから食べていいよ」
「!?まじ!?」
「だからチャンネル変えて」

奥歯を噛み締め思い悩む貫至だったけれど、食べ盛りの食欲には勝てなかったのか渋々チャンネルを戻した。高校生になって髪を染めたりガン飛ばすのが上手になったりと素行はあまりよろしくないようだけれど、単純なところはなにも変わっていない。弟の素直な一面を垣間見て少しだけ安心した私はなかなかにブラコンなのかもしれない。


ドラマも中盤に差し掛かる。ここに来て新たな容疑者が浮上してきたところで興味が沸いたのか、夕飯を食べ終えた貫至がプリン片手に隣に腰を下ろした。三人掛けのソファが途端に狭くなったけれど、黙々とスプーンを口に運びながらドラマの行方を目で追っている様子を見ると小言を漏らす気にはならない。

と、思っていたけれど。
ローテーブルに空のプリンの容器を置いた途端貫至は口を開いた。

「犯人絶対こいつだよな」
「そうかな〜。私は違うと思うなあ」
「じゃあ誰」
「妹なんじゃない?」
「俺さっきそれ言ったら絶対ちげえっつったじゃん」
「さっきと今じゃ状況違うもん」
「それずりい!」
「あーもううるさい黙って見てよ」

まだなにか言いたげだったけれど、結局新しく浮上した容疑者が逮捕される。これで事件は解決かと思われたけれど、容疑者の自白により黒幕が別にいることを知る。二転も三転もする展開に固唾を飲み、二人並んで物語のエンドロールまで見届けた。

結局黒幕は私が最初に思った通り、被害者の同僚だった。やっぱり私は警察官に向いているかもしれない。貫至に自慢しようと隣を見ると、いつの間にやら眠りこけていた。静かになったと思えばこれかと呆れながらも声を掛けてみる。

「貫至ー、終わったよ」
「……。」
「お風呂行きなー?」
「……。」
「こらー、貫至起きろー。風邪ひくよー」

揺すってみても起きやしない。190センチ超えの男を私が運べるはずもなく父に視線で助けを乞うも、困ったように笑うだけで母に至っては貫至の部屋から毛布を引っ張ってきた。

「ここで寝かすの?」
「この子なかなか起きないでしょ」
「でも風邪ひくよ」
「今日暖かいから大丈夫」

本当に起きないつもりか貫至よ。毛布にくるまれたことで安心感が生まれたのか、口を開けて眠りだす始末。こんなところで寝たら明日体バキバキにならないだろうかと心配になりつつ、その呆けた寝顔を眺めてみる。

三年生の先輩が引退したことで、一年生ながら貫至も試合に出るようになったらしい。そしてポジションも変わったらしく、毎日目まぐるしくやっているらしい。セッターって大変なんだぞと力説していたいつかの夕食時を思い出す。元々部活は大好きだったけれど、最近は私が起きる前に朝練に行き、帰りも以前に増して遅くなった。同じ家に住んでいながら、貫至とこうして顔を合わせるのが久しく感じる。
毎日毎日疲れてるんだろうなあ、大きくなったなあ、顔つきも変わったなあ、前髪染め直さないのかなあとしみじみしていると視線が痛かったのか貫至は豪快なくしゃみを一つ溢した。その衝撃で起きたのか、ぱちりと目が合う。

「……なに姉ちゃん」
「いつから寝てたの?」
「あっ!俺寝てた!」
「犯人知りたい?」
「知りたい!」
「黒幕やっぱ同僚だった」
「ほんとかよー。俺が寝てたからって嘘言ってねえ?」
「寝てたあんたが悪いんでしょ。早くお風呂行きなさい」

あくびを漏らしながら重い腰を上げ、貫至は居間から出ていった。お風呂場の方から「あー」と濁点がつきそうな父より渋い声が響いてきて、思わず笑いが漏れる。

貫至も私も、被害者の家族を一度は疑った。だけどやっぱりそれはないと思うのだ。どんなにうるさくたって、チャンネル争いをしたって、もっと言えば顔を合わせば口喧嘩ばかりでも、私はなんだかんだ言って貫至がかわいくて仕方ない。貫至はどうかはわからないけれど、やはり家族ってそういうものだと思うから。「うわ!石鹸ねえ!」と一人で騒いでいる貫至の声に呆れながらも、仕方ないから今日だけは私のボディソープを使うことを許可してやってもいいと思った。

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