月曜日はオフだから会おうと言ったのに、待ち合わせ場所に来る気配のない奴の家に押し掛けた。案の定既に帰宅していたらしく、賢太郎のお母さんが家に上げてくれたので話は早かった。壊れんばかりの力で扉を開けるとベッドでごろごろバレー雑誌を読んでいる賢太郎がいた。文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、ここまでだらけた姿を見ると怒りを通り越してもはや呆れる。

「なんで来なかったのよ」
「あ?」

そのときちらりと時計を確認した賢太郎は、予定の時間をとっくに過ぎていることに今更気づいたらしい。小さく「わりい」と言ったものの反省している様子はない。相変わらず雑誌とにらめっこしている。

「ちょっと、私今怒ってるんだからね」

ムッとして寝転がっている賢太郎の腹を跨ぐと、決してよいとは言えない目付きで私を見上げた。

「積極的だな」
「そんなわけないでしょ」

えいっ、と胸板を軽くパンチする。私も決して譲らずにキッと睨み付けるとさすがに観念したのか上体を起こした。

「悪かったって」

目を合わさずぽそりと呟いた声。
こっち向けとかもっと誠意見せろとか思うことはあるけれど、彼にしては上出来である。今にも沸騰しそうだった頭も、結局こうしてほだされてしまうのだから私も彼にはなかなか甘い。

「ほんとに怒ってたんだからね」
「……。」
「会えるの楽しみにしてたんだから」

中学から付き合っているけれど、高校が離れてしまったから会う時間はなかなか取れなかった。彼にはバレーの強豪へ行って欲しかったけど、私には青葉城西に入る頭がなかったのだ。泣く泣く別の進路を選んだものの不安は常にある。愛想こそないけれどある意味で素直すぎるこの男に惚れ込んだ青城女子に口説き落とされたらどうしようとか、逆に賢太郎の方が可愛い子に気が変わってしまったらどうしようとか。

思えば付き合ってからこの方、好きだなんて言われたことがない。中二のときに「好きなんだけど」と告白したのも私の方だった。それから今に至るまで交際は続いているけれど時々考える。彼は本当に私のことが好きなのだろうか。ただなんとなくで付き合い始めてそのまま惰性で付き合っているだけなんじゃない?ふとしたときにそんな疑問が頭を過って、どうしようもなく苦しくなる。
彼にとってはなんとなくでも、私はいつでも本気なのに。
そんなこと言おうものならきっと「めんどくせえ」の一言で片付けられるし、それだけならまだしもそれを期にフェードアウト、なんてのも大いにあり得る。彼は人間関係においては基本的にドライだ。それも知っている。彼女なめんな。
だから胸の奥底に仕舞い込んだ不安はいつも吐き出す機会を失って、そうして少しずつ、少しずつ蓄積していく。それが遂に爆発しただけ。

「……もういい、帰る」

押し掛けておいて、一方的に詰った挙げ句怒って帰るなんて面倒なことこの上ない。それもわかった上で、だけどこのまま一緒にいたら溜まった不満を全てぶつけてしまいそうで、そんなことしたらそれこそ終わってしまう気がした。
だから少しばかり恋の延命を望んで、来週会えるまでに頭を冷やそうと彼の上から退こうとしたものの、その手はがっしりと私の腰に回っていた。

「なに」
「……。」
「私帰るんだけど」
「意味わかんねえ」
「いいよわかんなくて」

彼だって気の長い方ではない。そんなことお見通しである。何年好きだと思っているのか。そして今の私じゃ口論になったらきっと感情的になってしまう。だから帰るのだ。

「まだ怒ってんのか」
「別に、どうでもいいよ」

ほんとはどうでもよくないけど。彼の剣幕に押されてつい口をつぐんだ。それなのに。

「嘘吐いてんじゃねえ」

ドスの効いた声で言われて、思わず顔を上げる。
そりゃあいつも不機嫌そうな顔をして、言葉だっていつもぶっきらぼうだ。怒ってないことの方がないのではと思われる賢太郎でも、私にはわかる。普段の彼は怒っているわけではなくてなにも考えていないだけ。そして恐ろしく空気を読まないこいつが、今は私の顔色を伺って嘘に気づいて、挙げ句本気で怒っている。彼は嘘とかズルとかそういう類いのものが嫌いだ。

「怒ってんじゃねえか」
「そうだよ怒ってるよ忘れてたくせに都合よすぎとか思ってるしいくら私があんたのこと好きでも今日という今日は許さないとか思ってるよ、いい加減こんなのやめにしたいしほんとは会えなくて苦しいときだってあるのにさ、毎週楽しみにしてる私なんなのって思うときだってあるんだから」

早口で捲し立てると、彼は至近距離のまま苦い顔をした。言い過ぎたかもしれないと思ったのも束の間。腰に回されていた腕に力がこもる。

「悪かった」

そのまま肩口に顔を埋められる。賢太郎にこういう風に甘えられるのは滅多にない。どうしていいかわからず息を飲むことしかできずにいたのに、その息も止められるようなことを彼は言い放った。

「帰んな」

なんなのよ、もう。すっぽかしたのそっちじゃん。
そう思うのに黙って抱きつかれている私も大概彼には甘すぎる。

思えば彼の口数が足りないことなんて今更で、まして好きとか愛しているなんて言うはずがないことなんて明確で、だけど人と距離を置く彼がこうして甘えてくることこそが彼の気持ちそのものだ。なにを疑っていたのだろう。馬鹿馬鹿しいったらない。

「じゃあたまには賢太郎から好きって言って欲しいな」
「チッ」

耳元で聞こえる舌打ちですら愛しく思うほどには、彼なりの愛を受け止めてやれていると思うのだ、私は。少し意地悪なことを言ったけれど、それでも抱き締める腕を離さない彼の背中に腕を回してみる。
三年目の倦怠期というけれど、こうやって静かに続いている私達には無縁なのかもしれない。

back
- ナノ -