母方の親戚にあたる孤爪家に待望の長男が生まれたとき、私にとって初めてのいとこができた。研磨と名付けられたその赤子を幼いながらに慈しみ、実の弟のように可愛がったものだ。
毎年盆と正月、親戚同士顔を突き合わせるとなれば借りてきた猫のように大人しい研磨に姉貴分ぶって何かと世話を焼いていた。正月となれば当然、お年玉は子供にとって何よりも楽しみな行事である。美味しいものにあまり興味を示さない研磨にとって、多分私よりもお年玉を楽しみにしていただろう。

「けんまはおとしだまでなにかうの?」

大事そうにポチ袋を握る研磨に問うと、小さく「……ゲーム」と嬉しそうに呟く。いとこである私にでさえあまり心を開いてくれないのは一年に何度かしか会わないからだろうか。それでも「ゲーム」と言ったときの研磨が嬉しそうで、あまり感情を表に出すのが苦手な研磨の些細な変化に私は嬉しくなったのだ。

「でもほしいのがふたつあるから、まよってる」

うんうん悩む研磨を見兼ねて、母親から電卓を借りてきて研磨のお年玉の総額とチラシに載っているゲームの値段を見比べる。二つも買うには一つ分の半分ほど足りない額だった。

「けんまどうするの?いっこあきらめなきゃ」

そう言うと少しだけ寂しそうな顔をした研磨に何故か私も胸が痛んだ。私は自分のポケットからくしゃくしゃになったポチ袋達を出して中身を数える。そこから研磨のゲームに足りない分を一つのポチ袋に入れて研磨に差し出した。

「あげる。わたしからけんまにおとしだま」

そう言うと真ん丸の目を更に丸くした研磨。なかなか受け取ろうとはしなかった。

「いいよ、なまえのぶんなくなっちゃう」
「わたしはいいの。ほしいものないもん」
「でも、」
「わたしはけんまよりおねえさんだもん」

突き返されても研磨に押し付け合っているうちに母親から「こら、研磨くんと喧嘩しないの。あんたお姉ちゃんでしょ」と言われたのでほら見ろとばかりに研磨のポケットに無理矢理捩じ込んだお年玉。困惑する研磨に「もうそれあげたから。けんまはゲームかうんだよ」と得意気に言うと遠慮がちに「ありがとう」と言った。

そんな幼い頃を思い出したのは、働き始めて初の冬のボーナスが出た日だった。
幼い頃は、研磨という弟分ができただけで喜んでいたのにいつの間にか物欲にまみれてしまっている。欲しいものなら余りあるほどある。服に化粧品に家具に家電。それも幼い頃の物欲なんてせいぜいおまけつきの駄菓子だったりぬいぐるみ、アニメに出てくる変身ステッキやらまだかわいいものだったのに、いつの間にか桁が変わってきている。しかし社会人一年目のボーナスなんて高が知れている。なんとか一つに絞り、調子に乗って某全自動掃除機でも買おうと家電量販店に赴くとゲームのコーナーが目に入った。
高校時代はバイトに勤しみ、そして大学は地元を離れてバイトもしていたので久しく会っていない大人しいいとこを思い出す。引っ込み思案な彼は人が苦手な代わりにゲームの中に居場所を見つけた。
おばさんから聞くところによると“クロくん”という研磨より一つ年上の友達もいて、中学からバレー部に籍を置き高校でもやっているそうなので昔よりは人と関わっているらしいけれど、それでも彼は今でもゲームばかりだとおばさんが嘆いているのも聞いた。きっと今でも研磨はゲームに心の癒しを求めている。私は踵を返して、近場の文房具店に足を運んだ。ポチ袋と筆ペン。きっと私が一番悔いのないボーナスの使い道はこれだ。そう思いながら自宅へと帰った。




孤爪家の両親の後ろをひょこひょこ着いてきていたのは、いつの間にか背が伸びて頭も金髪にしていた研磨だった。数年ぶりの再会とあってか、人見知りを再発されてしまったけれど声を掛けるとちゃんと返事をしてくれた。こんなに大きくなっても、研磨はやっぱり私の弟分である。例のごとく隅っこに腰を下ろしておもむろにゲームを取り出した研磨の隣に私も座った。

「久しぶり」
「うん」
「大きくなったね」
「うん」
「バレーやってるんだって?」
「うん」
「楽しい?」
「別に。普通」
「友達とは仲良くやってる?」
「たぶん」
「たぶんってなによー」
「もうなまえうるさい」

ムッとしながら睨んだ研磨に“クロくん”とやらには心を開いているのかと思うと少しばかりの嫉妬心が芽生える。顔も知らないのに。
しかし私にはとっておきの切り札がある。幼い頃の研磨が大切そうに両手で抱えていたことを思い出し、「じゃーん!」と自分で効果音をつけてポケットから“研磨”と書いたポチ袋を取り出した。突然私のテンションがまた上がったことに研磨はやっとこちらに目を向けた。

「研磨くんへなまえ姉ちゃんからお年玉です!」

はい、と両手で差し出すも、研磨はそれをチラリと見ただけでまたゲームに視線を落とした。あ、あれ……?

「研磨、お年玉だよ?いらないの?」
「いらない。だってなまえまだ働きだしたばっかじゃん」
「なに言ってんの。社会人なんだからそれなりに稼いでるよ。ゲーム買いなよ」
「いいよ、自分のことに使えば」

喜んでくれると思ったのに。昔は私も子供だったから研磨は遠慮してなかなか受け取ろうとしなかったけど、今の私はもうお年玉なんて何年も貰っていないしあげる側になってもおかしくなくなったというのに。相変わらず背中を丸めてゲームにご執心の研磨にまたしつこく絡む。

「このご時世ボーナスちゃんとくれるとこに勤めてるから研磨は心配しなくていいの」
「別に心配してない」
「じゃあなんでもらってくれないの?」
「だっておばさんからももらったし」
「お母さんのと私のは別だよ」
「おれ別にお金に困ってないし」
「なに言ってんの。部活に励む男子高校生なんてすぐ足りなくなるでしょ。部活帰りにあんまんでも買いな」
「なんであんまん?」
「あんまんじゃなくてもいいからお腹空いたらなんか買いな」
「家帰ればご飯あるし」

幼い頃同様受け取る気配のない研磨に業を煮やす。ことごとく口を返され、なんて言ったら研磨が受け取ってくれるだろうかと頭を悩ませた。そんな私を見兼ねて、今度は研磨から声を掛けてきた。

「なんで昔からおれにお金くれようとするの?」

ゲームから顔を上げ、訝しむようにこちらを見る研磨に、私は当たり前じゃないかと言わんばかりに呟いた。

「私は研磨よりお姉さんだもん」

その一言に首を傾げる研磨である。研磨にとっては、私がとっくに成人を迎えようと一緒にお年玉を貰うような子供時代と変わりないのかもしれない。それでも。

「私も研磨も血は繋がってないけど、お互い一人っ子でしょ。だから研磨が生まれてきたとき嬉しかったんだよ」

研磨が生まれてすぐのとき、母に連れられて初めて赤ちゃんというのを見た。そしてその子が私にとっていとこで、私はお姉さんだから可愛がってあげなさいと言われたこと。
小さすぎて心配するような手のひらに人差し指を添えるとぎゅっと弱い力で握り返してくれたこと。そのとき私は「この小さな男の子のお姉さんになるのだ」と子供ながらに誓ったのだ。
それがもう何年経っても、研磨が私より背が伸びても、これから研磨が大人になって働いて自分でゲームを買えるようになっても、私はお姉さんでいさせてほしい。戸籍の上ではそうでなくとも、本当の姉だと思ってほしい。
熱い答弁を繰り広げると観念したのか、研磨は差し出したポチ袋をやっと受け取った。

「おれが働くようになったらいらないから」

そう付け足してまたゲームを再開した研磨の横顔は、あの頃より確かに大人にはなっているけれどなんにも変わっていないような気もしてくる。嬉しくなって思わず抱き着いて頬擦りすると、嫌そうに「なまえ邪魔」と身を捩る。お構いなしにそうしていても、決して本気で邪険に扱わない研磨はやっぱり今までも、そしてこれからもかわいいかわいい私の弟だ。

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