「夏休みは休むためにある……そうは思わんかね縁下くん」

夏季補習の案内を破かんばかりに握りしめ、隣の席の縁下に声を掛けると生温かい目で私を見ていた。決して温かい目ではない。

「だから西谷と一緒に田中の家おいでって言っただろ」

バレー部は夏休みに東京遠征へ行くらしく、そのために田中の家で勉強会をしていたらしい。そうは言っても田中も西谷も今年とて一緒に補習を受けるのだろうと高を括っていた私は廊下で「赤点回避ぃぃ!!」と騒いでいた二人を横目に相変わらずな点数の答案用紙をロッカーにそそくさと隠した。こんなことなら私も縁下先生の手解きをお願いするんだったと嘆いても後の祭り。補習へ足繁く通う夏が決定した。

「だって田中も西谷もそんな潜在能力を秘めているとは思わなかったんだもん」
「潜在能力って」
「うわーどうしよう。田中も西谷もいないんじゃ補習つまんないよ」
「遊びに来るんじゃないんだから真面目に受けなよ」

呆れたように言う縁下には絶対に言えないけれど、好きな人に会いたいというのは恋する乙女が学校に来る理由としては十分すぎるのではないかと思う。あーあ、田中と西谷に恋バナ聞いてもらおうと思ったのに、と残念に思う。それに、バレー部が東京へ遠征に行くなら夏休みにわざわざ学校に来る意味がないじゃないか。つるりとした額にうっすら汗が滲んでいる縁下をちらりと盗み見る。困ったように「また学校来たの?」って言ってほしかったのに。そんなこと隣の縁下は露知らず、ただ呆れ返っている。

「縁下東京行くの?」
「うん、お土産とか言うなよ」
「言わないよ、別に」

言わないけど、会いたかった。そんなこと言ったら次の席替えまで私達は気まずくなってしまうのでは、そんなことを思う。新学期で隣の席になってから随分世話を焼いてくれる縁下に気付くと恋心を抱いていた。だからといって学校に来たいがためにわざわざ赤点を取ったわけではない。気軽に会える関係なら、こんなことで悩まないのにとふと思う。どちらにせよ縁下はほとんど東京にいるのだから会えることなんてないのだけれど。

「夏休みって長いよね」
「え?なにいきなり」
「だって一ヶ月もあるんだよ」
「そんなに田中と西谷に会いたかったの?」

違う、全然違う。縁下は勘違いしてる。会いたいのは縁下で、そりゃあ田中と西谷とわいわいやるのは好きだけど違う。もどかしくて唇を噛んでいると、思いもよらない一言を縁下が言い放つ。

「宮城戻ってきたらみんなで会う?寂しいんだろ」

まあ部活終わってからになるけど、と続けた縁下の手を思わず握る。私はなんて大胆なことを、とは思ったけれど穏やかな表情を一切変えない縁下に脈がないことを改めて突きつけられる。それでも、夏休みに会えるなんて嬉しい。

「会いたいです!」

と思わず上擦った声で言うと困ったように笑う縁下。その手が少しだけ汗ばんでいるのは私が握っているからか、それとも夏の暑さか。

「うん、俺も」

なんてことないみたいに笑った縁下の言葉の意味は、呆気に取られて手を放した私の手を仕返しとばかりに握り返したことなんだろうか。茹だるような教室の暑さに、縁下の手がさっきよりも熱を持っている。何が答えかなんて明確だけれど、勝機の見えた夏はきっと例年より暑いかもしれない。それでも夏休みの訪れを待ち望まずにはいられなかった。

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