人、そして女子というものはどうしてこうも自分のことを話したがるのだろうか。かく言う自分もれっきとした女子高生なのだがそんなことを思いつつお弁当を咀嚼していく。なまえのお弁当かわいい〜自分で作ったの?私なんて、私の親なんて、と最終的にいつも主語はすり替えられる。別に自分のことを話したいわけでもなくどちらかと言うと自分のことを話して何になるのだろう、と常々思っているけれど人に対しても同様に思っている、ただそれだけ。そうは言いつつも集団生活の輪を乱したいわけでもないから私はただ黙って笑顔で話を聞くのだ。ただでさえ少ない女子の中での孤立なんて、考えただけで寒気がする。
話が私から逸れた頃合いを見計らって席を立つ。お手洗いは女子の戦場だ、そして秘密が飛び交う場所。面倒だから行きたくない。誰もいないであろう校舎裏まで足を運ぶとそこには先客がいた。

「あれーみょうじさん、どうしたのこんなとこで」

白々しい笑みを浮かべる隣のクラスの男、二口堅治。話したこともないしましてや自己紹介した覚えもない。二口堅治はとにかく図体がでかいし顔も悪くない、一見して人当たりは悪くないから当然女子の間では話題に上がる男の一人だが、平々凡々の私を何で知っているんだろう、と一瞬身構えるもそれを勘づかれた。

「同じ学年だから知ってるっつの、んなビビんなよ」

それもそうか、と胸を撫で下ろしまた一人になれそうな場所を求め放浪の旅へ、踵を返そうとすると二口堅治が更に続けた。

「疲れねえの?それ」

それ、と言われ内心焦ったけれど「なんのこと?」と笑って白を切る。二口堅治は嫌な笑みを浮かべていて、胡散臭い笑みよりも今の彼の方がよっぽど彼らしい気がした。

「いっつもいい人ぶってんじゃんお前。まあ、顔引きつってるけど」

ぎくり、と痛いところを突かれ思わずさーっと血の気が引く。まさか気づかれていたなんて。騙しているつもりはないけれど自分ではうまくできていると思っていた。溶け込んでいると思っていたから、どうしたもんかと狼狽える。

「他の奴は気にしてないと思うけど、俺がお前のこと見てただけだから」

聞きようによっては誤解を招くが絶対に違うだろう。二口堅治は同じくらい胡散臭い私を器用に嗅ぎとって興味を持っただけに違いない。そうじゃなきゃ、おかしい。

「でも校舎裏に真顔で溜め息吐きに来んのはどうなの?」

何でそれを、と顔に出ていただろう。なぜ二口堅治が私のささやかな日課を知っていたのか。

「溜め息吐くと幸せ逃げんぞ」
「そんなので逃げる幸せならどうぞどこへでも行ってくださいって感じなんでお構いなく」
「かわいくねえなー」

口ではそんなことを言いつつ二口は楽しげで、そんなところが憎たらしい。整った口元は弧を描いていて尚更。

「俺は今の性格ひん曲がったみょうじさん好きだけど」

何なんだこの人。悪趣味なのかな、なんて私も大概失礼なことを思った。なのにどうしてか少しだけ、安心感。

「お前笑ってるときこめかみに血管浮いてるの知ってる?作り笑いバレバレ」
「うん」
「あとたまに人の話聞いてねえだろ?愛想笑いで人の恋バナ流すとかありえねえから」
「うん」

それから、と二口は続ける。でもそのどれもが耳に痛いはずなのに随分耳馴染みがよい。正直なところ、誰かに気づいてほしかったのかもしれない。こんな馬鹿げた処世術を実行している、仮面の下で思っていること吐き出したいこと全て洗いざらい私の代わりに言ってくれる人に。聞きたくないことなのに私は何故か笑って二口の話を聞く。でもそれは二口が笑っているからじゃない。

「え、なに。何で笑ってんの」

いっそここまで言われるなら清々しい。だから私も随分晴れやかな気持ちで二口の言葉に耳を傾けていた。それに気づいた二口が嫌そうな顔で私を見る。そんな顔で人に見られるのなんて気分のよいものじゃないのに、いつも見せている人当たりのよい笑顔の二口よりも今の二口の方が私は好きだ。それは、私がいつだって嘘の顔を貼り付けているからで、その嘘の顔を貼り付けるためにいつも自分の心を殺しているのを知っているからだ。だから人のそんな顔も見たくない。
嫌そうな二口に思わず「あんただってなにその顔」と同じくらい嫌な顔で返す。

「なにお前、笑えんじゃん」

そう言って笑った二口の顔が少年のようだったから、私の胸はとくん、と脈打つ。悔しいけれど溜め息を吐くよりもこうして誰かと本音で向き合える方がいい。トイレは女子の秘密が飛び交う場所で、校舎裏は私が本心を出せる場所。そして新しい気持ちに気づいた場所。

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