「なまえちゃん!なまえちゃんだよね?」

バイトが終わってとぼとぼと帰路につく途中、コンビニから出てきた人に声をかけられ振り向く。そこには中学時代付き合っていた及川がいた。進路を分かつことになり別れたのだけど。

「久しぶりだね〜きれいになったんじゃない?」

物腰柔らかい言い方や人当たりの良さそうな笑みは相変わらずで、整った顔立ちや恵まれた体格は昔より拍車がかかった気がする。違う高校にいても及川の話は常に耳に入ってくるけれど、まさかここまでかっこよくなっているとは夢にも思わない。

「そんなことないけど」
と否定すると、
「またまたー、なまえちゃんってば謙遜しなくていいんだよ」
と言われる。それを言うなら及川の方がかっこよくなっている気がすると素直に溢すと、「ほんと?よく言われる」と言ってのけた。人を食ったような性格しているところも変わっていないのだと思わず苦笑を漏らす。

「こんな時間に女の子一人で歩いてたら危ないよ。なにしてたの?」
「あー、バイト帰りなの」
「そうなんだ、じゃあ送ってくよ」

と、さらりと言われ一度は遠慮したのだけれど退く気がないらしい様子を見かね、久しぶりの再会だから話したいとも思いお言葉に甘えることにする。隣を歩く及川は何やら鼻唄混じりに楽しげだ。そういえば昔からこんな感じだったなあと思い出す。及川は基本的に穏やかな奴で、時々開いた口が塞がらなくなるほど衝撃的なことを言ったりもするし、いじけると非常に面倒くさいところもあったけれど包容力は当時から周りに比べてずば抜けていた。

「なまえちゃんの高校、制服かわいいよね〜」
「まあねー、制服で決めたもん」
「うん、なまえちゃんに似合ってる」

私を見下ろす及川の懐かしむような視線に気がついて、あえて知らないふりを徹す。私の知らないところで勝手にかっこよくなっておいて、そんな優しい目で見つめないでほしい。言いがかりにもほどがあるけれど、そう思わずにはいられない。

「青城は確か白いジャケットだよね?及川似合いそう」

話を逸らすように言う。及川は今ジャージを着ているから制服を着ている及川も見てみたいな、なんて思った。

「似合うってよく言われるけど自分じゃわかんないかなー」
「でもカレーうどんとかうっかり食べれなそうだよね」

とふざけたように言うと及川は目を丸くした。あ、かわいげないこと言っちゃったかも、と失言を撤回したくなったけれど、及川はすぐに声を上げて笑いだした。

「まさかそんなこと言われると思わなかったな〜でもなまえちゃん相変わらずだね」

立ち止まって、また優しげに目を細める及川。さすがにそれは無視できずに、だけど及川の方を向けずに私も立ち止まる。

思えば私達は、嫌いあって別れたわけじゃない。及川がバレーの強豪に進路を決めて、私も青葉城西に行こうとすれば行けたのだ。それをしなかったのは、中学最後の大会で感情を隠すことができなくなるほど余裕のない及川を見たからだ。及川の支えになれるのか、私は邪魔になるだけではないのか、そして高校が離れれば必然的に心も離れるのではないか、忘れることができるのではないか、そう思ったからだ。だけど実際どうだろう。及川を忘れるどころか、中学を卒業した及川はバレーも容姿も以前にも増して才能を開花させ、その名を聞かない日がないほどだった。会えない分、今どうしているのかとか彼女はいるのかとか思いを馳せることもあり、思い出は勝手に美化されていく。結局のところ私は今も及川に心を奪われたままだ。

「もしなまえちゃんと別れてなかったら、って、今でも思うよ」

いつも憎たらしいほど爽やかな笑みを浮かべる及川の顔が切なそうに歪む。及川も、同じだったのかな。忘れようとして、でも忘れないでいてくれたのかな、なんて思う。

「俺達今からでもやり直せないかな」

相変わらず沈黙を続ける私に及川は畳み掛ける。
会わない間、お互いが過ごした時間はきっとどこかで歯車を狂わせる。だけどそれがどうした。今こんなに当たり前のようにくだらないことを言えて、そして笑い飛ばしてくれる及川がいるじゃないか。その手を取らない理由が、一体どこにあるのか。

「……私、また別れたいって言うかもよ」
「今度は絶対止めるから大丈夫」
「かわいくないこと普通に言うよ」
「そんななまえちゃんが好きだから言っていいよ」
「私もバイトしてるし、会う時間とか……」
「なまえちゃん」

牽制ばかりを繰り返す私の言葉を遮り、真っ直ぐな瞳で見つめる及川。及川のことをいじけると面倒くさい奴だと言ったけれど、それは私の方かもしれない。それでもこうして受け入れてくれる及川は、やっぱりどこまでも優しい。

「それでもいいから、もう俺から離れないで」

あの頃より一回りも大きくなった及川の腕に包み込まれる。そして私は及川を思うあまり左右されすぎていたことを知る。本当は、自分の気持ちに素直になったら、離れるという選択肢はどこにもない。それなのに中学三年の私は大人ぶって、悟ったふりをして、それが及川のためだなんて言い訳をして、本当はいつでも怖かったのだ。どうして及川が私と付き合っているのか、いつ手離されるのか、その時私はまともでいられるのか、怯えていただけ。だけど私を包む及川の腕が少しだけ震えていて、怯えていたのは私だけではないと知った。
私は及川に振られるのが怖かった。だけど、好きな人に振られる及川の気持ちを何一つ考えていなかった。及川は器用な男だ。そして冷静だ。だから私が別れを告げたとき「なまえちゃんがそうしたいならいいよ」って笑って言った。だけどそれが及川の本心ではなかったのだと、今初めて知った。器用で冷静で温厚な及川だって、一人の少年なのに。及川の性格上、きっと子供のように駄々を捏ねることもできたはずなのにそれをしなかったのは、あの時の私達が中学三年生で、私が及川の未来を考えたように及川もまた、私と同じように私の進路を思ったからに違いない。素直になれない私達は、所詮大人ぶったところで子供だったのだ。

返事の代わりに及川の広い背中に腕を回すと、安堵したように私の肩に顔を埋めた。

「あー、やっぱなまえちゃんといると落ち着くな」

その言葉を返したいほど、私達は結局何から何まで考えることが一緒なのだ。それがこんなにも落ち着くことだと、及川に別れを告げたあの日の私に言ってやりたい。

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