鉄朗と研磨が私の背を追い抜いた頃、二人には既にバレーがあった。私は一人除け者にされた気がして、幼い頃はよく困らせたものだ。中学生のとき、二人に少しでも追い付きたくて私も女子バレー部に入部したけれど、どうもセンスがなかったのかうまくできなかった。昔、鉄朗と研磨と三人で公園でバレーに混ぜてもらったこともあったのになあとは思うけれど、そんなところでも私は二人に追い付けないのだと知って高校生になってからは帰宅部を選んだ。一年の頃はよく鉄朗にマネージャーに誘われたし、私が二年になって研磨が入学してきた頃も研磨から遠回しではあるけれどよく誘われた。「何でなまえいないの?」と。

「女子高生を謳歌したくて」
と言うと、「バレーで謳歌すればいいじゃん」と研磨は口を尖らせる。鉄朗は私の気持ちを察してか、一年の頃に何度か誘ったあとはもう何も言わなかった。しかし人見知りな研磨にとって、知り合いが一人でも多くいる空間の方が安心するのだろう、事あるごとにボソリと言う研磨に最初こそは申し訳なく思ったけど、やがて部活に馴染んできたらしい様子を見て今度は私が寂しくなってしまった。そして結局は幼馴染みといっても男同士の友情は固くて、女の私に入る隙はなかったのだと思い知る。

そんな高校三年生の秋。

高三の期末テストは他学年に比べて少し早い。さっさと帰宅しようとしたのだけれど、少し前の方に見知った長身の後ろ姿を見つけて途端に歩くスピードが落ちる。あれは鉄朗だ。重力に逆らう髪型を見間違えるはずもないし、幼い頃にみんなでお泊まりしたときに知った偶然の産物である寝癖を作る寝相は変わっていないのだと少しだけ微笑ましく思う。
本当は誰も、変わっていないのかもしれない。そんな期待をしたことに気付く。
鉄朗も研磨もそして私も、大きくなって、顔つきや体つきが大人になっただけで、根幹の部分は何も変わっていないのでは、と。
そうしてひっそり男らしくなってしまった鉄朗の後ろ姿を眺めていると、怪訝そうに鉄朗が振り向いた。

「やっぱお前か、なにつけ回してんだよ」

後ろにいた私を待つように鉄朗は立ち止まる。小さい頃もこうして道草くってる私を鉄朗は仕方なさげに待っていてくれたことを思い出して懐かしくなった。

「つけ回してないし。家の方向同じなんだから仕方ないでしょ」
「じゃあ声かけろよ。一緒に帰ろ鉄朗って」
「ばかじゃないの」

こうやって笑い合うのも久しぶりに感じる。それなのに当たり前のように言葉を交わせているのは、やはりそれまでの時間があったからに違いない。これもいつまで続くのかな、とまた翳る気持ち。

「一緒に帰んの久しぶりだね」
「まあなー」

鉄朗は無表情で頷いた。隣に並んでみるとまた大きくなった気がする。背だけではなく、体つきも。

「部活、引退しなかったんだね」
「おー。春高まで残った」
「そっか、がんばってね」
「なに言ってんだ、お前も応援来るんだよ」

当たり前のように言う鉄朗に少しだけ嬉しくなる。だけどやっぱり複雑な気持ちになって、何も言えずにいると鉄朗は続けた。

「お前がなに考えてんのか知らねえけど、」

前を向いたまま言う鉄朗の横顔を見つめる。あの頃と違って青年になった横顔は、成長したけれど何も変わっていないように思う。

「俺も研磨も変わってねえからな」

その言葉に、私はガツンと頭を殴られた錯覚を覚えた。
勝手に二人を遠くに感じていたのは、私だけだったのかも知れない。一緒に遊んだり一緒に帰ったりできなくなるのは、成長という過程において仕方のないことだと割り切れなかったのは私だけで。一緒にいる時間を与えようとした二人の気持ちも踏みにじり、私は何を一人卑屈になっていたのだろう。

「ごめん……」
「わかったら絶対応援来いよ」

鉄朗は何も気にしていないように笑って、無骨な手のひらで頭を撫でる。その手のひらは昔より大人になっていたけれど、やっぱり何も変わっていなくて、昔から私はこの手のひらに助けられてばかりいたことを思い出す。隠していた気持ちを引きずりだす、その手のひら。
そうだ、何も変わっていないのは、私もだ。
幼い頃から、近所で同い年の鉄朗は私と研磨の兄のようであり私の憧れでもあった。ひっそり胸に仕舞い込んでいた淡い初恋が燻りだす。

「まあ、なまえが変わっちまってたらどうしようもねえけどなー」

鉄朗はわかっている、わかっているくせに言っている。わかっているからこそ、言わせるつもりなのだろう。私もそれをわかっている。やはり幼馴染みという過ごした時間は裏切らないのだと、わかりあえている心地よさが物語っている。

「変わってないよ」
「ほんとかー?」
「ほんと」
「俺のことだーいすきなのも?」

からかうように言う鉄朗に言葉を詰まらせる。ああやっぱりお見通しか。だけど少しもいやじゃない。いやじゃないのは、やはりわかりあえているからで。今なら鉄朗の気持ちがわかるから、私は素直に肯定した。

「変わってないよ」
「だろうな」

幼い頃によく遊んだ公園の目の前で立ち止まる。あの頃の私達は確かにもういないけれど、それは変わったからじゃない。変わることと成長は似ているけれど少し違う。

「ま、俺も変わってねえから安心しろなまえちゃん」
「その言い方むかつく」
「ったく、いい加減素直になれよな」

そう言って私の手を取って歩き出す鉄朗。その手のひらはやっぱり変わっていない。もし私達が変わっているところがあるにしても、幼い頃から共に過ごした時間は私と鉄朗とそして研磨、三人共に同じように時間を刻んでいる。幼い頃の私達はきっとこの公園に置いてきて、だけど今も記憶の中で変わらずに時を繰り返している。そしてこれからも色んな場所に新しい時を刻んでいくのだろう。その手のひらが私を、これからきっと色んな場所に連れ出してくれるに違いない。


黒尾さんの誕生日花がブルースターということで、その花言葉を見て浮かびました。黒尾さんお誕生日おめでとうございます。

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