「あれ?鎌先じゃん」

講習のため学校に来た土曜日。就職希望の鎌先が学校に来ていて思わず声をかける。

「あ!もしや中間テストの補習とか」
「なわけねーだろ。進路決まったからその報告」

あー、決まったんだー。おめでとう。その一言に鎌先は「おう」とだけ返事する。

「お前は?お前こそ補習?」
「違うし。模試対策の講習」
「わざわざ土曜に勉強か。ご苦労だな」

ほんとだよ。でも、残り少ない学校生活を余すことなく楽しむように、別に苦ではない。それは鎌先も同じなのか、学校に来たついでに部活を見に行ったらしい。私達は同じくらい、僅かな時間を惜しんでいる。

「で?それは?就職祝い?」

鎌先が手に持っている包装されたものを見やる。

「これは、誕生日祝い」
「えっ?鎌先今日誕生日なの?」
「ああ。わざわざ誕生日に学校来てんだぞ俺。泣けるよな」
「ごめん。祝ってくださいとしか聞こえない」

と言うと図星だったのか声を詰まらせた。全く、わかりやすいやつ。

「仕方ないから就職祝いも兼ねてラーメン奢ってあげる。私味噌ラーメン食べたいの」
「そこ兼ねんなよ」

そう言いつつ、嬉しそうについてくる鎌先は本当にわかりやすい。鎌先のこういうとこ好きだなあと実感する。誰にも言ってないけど。


「つーか、ほんと色気ねえよなお前」

ラーメン屋のカウンターに二人並んで注文を済ませると、鎌先がおもしろそうに言うもんだからムッとして小突く。私の足が届かないほど椅子が高いのに、平然と地に足がついている鎌先が憎たらしい。落ちろ。

「そういうこと言うと奢るのやめよっかな」
「悪かったって」

霜月というだけあって、こんなに寒いのだから女子高生がラーメン食べたっていいじゃないか。牛丼でもよかったけど。午前で終わった講習は、頭を使った分お腹が空いているから尚更。

「でもお前のそういうとこ、一緒にいて楽だけどな」

それだけ言って、設置されているテレビに見いる鎌先の横顔を盗み見てみる。色気なくてごめんね。でも、一緒にいて楽ってそれ喜んでいいのか恋愛対象に入ってないのかわからないから、手放しには喜べないよ。伝えるでもなく心の中に仕舞い込む。こうして、このままでいいのか自分。鎌先の就職が決まった。入試を控えてこの先どうなるかわからないふわふわとした私と違って、鎌先に未来ができた。それが高校生活の終わりをまざまざと見せつけてきて、鎌先とこうして並んでラーメン食べれるのももうないのかと思うと、運ばれてきたラーメンの湯気と共に顔を曇らせる。

麺を啜る音と、テレビの音。店員の声や、他のテーブル客の声。色んな雑音が混じれば混じるほど、研ぎ澄まされるように鎌先を意識する。隣にいるのに遠くに感じるのは、ただのクラスメートという揺るぎない事実があるからだ。
その壁を越えようとしないのは、私。

早々に食べ終わった鎌先は、私を急かすこともなく、ただ黙ってテレビを見ていた。御馳走様、と小さく呟いた私を横目で見て立ち上がる。食べてすぐ動くとお腹痛くなるのになあ。そう思いながらも文句を言わずついていくのは、鎌先がそういう奴だとわかっているからだし、そういう無神経なところすらも好きだからだ。だけどお会計の時に財布を出されるのは、さすがに文句を言いたくなる。

「奢るって言ったじゃん」
「うるせえ。かっこつけさせろ」
「何言ってんの。青のりついてるくせに全然かっこよくないから」

ああ!?と言って焦っている間にすかさずお会計を済ませる。ラーメンなのに青のりつくわけないじゃん。と言うと軽く小突かれる。店の外に一歩出ると、冷たい空気が全身に突き刺さる。

「悪いな」
「誕生日兼就職祝いって言ったでしょ」
「じゃあお前が進学決まったら俺が奢る」
「ほんと?じゃあスイパラがいいなあ〜」
「ちょっと待て」

こんなやり取りも、卒業したらなくなるのかな。穏やかな午後の日差しに切ない想いが痛みを増す。どうかこのままで。そう思っていた自分が情けない。このままでいいわけないのに。

「鎌先が祝ってくれるなら牛丼でもいいよ」
「ああ?何言ってんだお前」
「鎌先と一緒にいたいって言ってんの」

そこまで言ってもピンと来ていない鎌先を見上げる。柔らかな日差しに透けるような金髪を撫でてみたい。卒業までまだもう少しある。鎌先に祝ってもらえるように、私もがんばらないとな。鈍すぎる鎌先に想いを伝えるのはその時まで取っておこうと思う。だからあと少し、このままでいさせてほしいと白い息を吐きながら思った。


2014.11.08 HAPPY BIRTHDAY !!

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