一雨ごとに涼しくなり、日ごとに夕暮れを早める秋は、静かに、だけど確実に冬をもたらしている。進路指導室から出る頃にはすっかり暗くなり、私の胸中をそのまま空に映したみたいだ。

また落ちた。

うまくいかない就活に、私は頭を抱える。冬が来たら私達は卒業を待つだけだ。秋なんて終わらなければいい。そもそも始まらなければよかったのに。自分じゃどうしようもできないことにばかり目を向けて責任転嫁するのは、私が行き詰まっているからに他ならない。
どうしようもないことにイライラするのは何もうまくいかないからだし、寒いからだし、着ていたカーディガンが実習で穴を開けて着れなくなったからだ。実習服を着るような授業ではなかったから、完全な不注意。それほどまでに今、就活が頭から離れない。

トボトボと生徒玄関を出ると、体育館の方から鎌先が歩いてくるのが見えた。この寒い中ジャケットを着ていないし、あろうことかシャツの袖を捲っている。目を疑う光景に思わず二度見すると、私に気付いてこちらに向かってきた。

「どうした、寒そうだな」
「鎌先だけには絶対言われたくない」

お前が言うな、ということを言われて思わず突っ込むと、確かにな、と小さく返される。筋肉を纏っている熱血野郎にはこの寒さがわからないのだろうか、私も筋トレしようかなあ。

「そういやお前実習でカーディガン穴開けたんだっけ」
「うん、だから寒いの。鎌先とか見てるだけで超寒いから上着着て頼むから」
「俺そんなに寒くねえんだよな」

今が何月かわかってるんだろうか。とっくに衣替えは終わっている。

「そんなにさみいなら俺の貸してやるよ」

ほら、と鞄から雑に畳まれたジャケットを差し出される。
しわになってるし。ジャケットの袖も捲る鎌先だから、袖なんかありえないくらいしわしわだ。鎌先のお母さんが可哀想だ。だけどそんな悪態はこの寒空の下では何の理由にもならず、素直に受けとってジャケットの上から更にジャケットを羽織る。男子の制服だから着丈も袖も長い。幾分温かく感じて、さっきまで荒みきっていた気分も落ち着いた。

「また部活見に行ってたの?」
「まあな。うちの後輩何かと心配だからな」

気付くと二人並んで校門を出ていて、他愛ない会話に華を咲かす。いいなあ、三年間帰宅部を貫いてきた私は、後輩の愚痴を言いつつも誇らしげな、そんな鎌先を羨ましく思う。

「いいなあ鎌先は。何か人生楽しそう」
「そうでもねえよ、さっきからどうしたお前」

長身に横から見下ろされて、思わず堪えていた溜め息がどっと出た。その様子に更にぎょっとして、鎌先は足を止める。

「私、卒業すんの怖い」

大人になるのが怖い。仮に進路が決まっても、私はこの先失望するだけの未来を歩むんじゃないだろうか。そんな不安でまみれてしまうのは、秋だからで、夜だからで、なんにもうまくいかないからで、鎌先というギラギラした人の横にいるからだ。身長だけでなく懐も大きい鎌先を見ていると、私の存在が本当にちっぽけなものに感じてくる。

「なにビビってんだよお前」
「だって。」
「進むしかねえだろ、俺達三年なんだから」

いつでも前向きで、大体のことは笑い飛ばしてしまう鎌先と言い合いしたこともあるけど、私は人間として鎌先には敵わないと思う。脳筋でバカだけど、熱くなって周りが見えなくなることもあるけど、器の大きさだとか前向きさは、本当に凄い奴だと思う。

「あーあ。私も鎌先になりたい」
「あぁ!?意味わかんね、それって、」

何やら顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。どうした鎌先。今度は私が言う番か。

「いや、俺の進路が決まるまで待て」
「は?なんの話?」

大きな手のひらで顔を覆い隠して、いや、でもとどもっている鎌先は明らかに様子がおかしい。私の話なんかさっぱり聞いちゃいない。

「鎌先なまえか…悪くねえ」
「はあ!?なに、なんなのいきなり」
「悪い、今までお前のことそういう目で見てなかったけど、そうだよな、俺とお前って結構いい関係だと思う」

全く話が見えてない私を置いてきぼりにして、鎌先は一人納得する。ダメだ、本当に意味わかんない。

「でも俺の進路が決まって、ちゃんと落ち着くまでは俺の名字はやれん」
「ちょっと、鎌先になりたいってそういう意味じゃないんだけど」

何か壮大な勘違いをしてくれちゃっている。でもそれを言われて「確かに鎌先となら楽しいかも」と思わなかったわけじゃない。さっきまでただのクラスメートだと思っていた鎌先を、突然意識してしまった。

「違うのか」
「当たり前でしょバカ。今の話のどこにそんな要素あったのよ」
多分今の鎌先と同じくらい私も顔が赤いと思う。寒い寒いと思っていたのが嘘みたいに今は熱い。主に顔。そんな私が悪態を吐いても何の説得力もないと思う。

「でもお前のこと可愛いと思ったことがないわけじゃない」
「だ、だからなに!」

ダメだ、目の前の脳筋バカがちょっとかっこよく見える。

「だからその、俺と、」

心してその言葉の続きを待っていたのに、目の前のこの大男はあろうことかこのタイミングで豪快なくしゃみをしてきた。お互いいたたまれなくなって思わず黙る。シーン…という効果音が頭の中で鳴った。

「今のは気にすんな。俺と付き合え」
「台無しだよ」

二重の意味で顔を赤くして、それでも真面目な顔でちゃんと言い切った鎌先に思わず吹き出す。言わんこっちゃない。だから上着着てって言ったのに。

借りてた上着を着せてやるついでに、「仕方ないから付き合ってあげる」と背中越しに言うとガバリと振り返られて肩を掴まれる。

「まじか!?」
「まじだよ」
「悪い、ほんとにさっきまで意識してなかったけどお前のこと可愛く見えてきた」
「それ思っても普通言わないから」

だけど私も鎌先と同じだ。さっきまでただのクラスメートの筋肉だと思っていた鎌先を、今はありえないくらい意識している。だけどきっとどこかで鎌先のことを認めていたから、私は鎌先を受け入れたのだろう。ちゃんと好きだと言えるまでお互いまだまだだけど、懐の広い鎌先となら失望ばかりと思っていた私の将来も少しは明るく見えた。

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