まだ幼稚園にいた頃、近所に“たかのぶくん”という男の子がいた。周りの子より体が大きくて、少し恥ずかしがりやで、だけど優しい男の子。家が近かったからよく遊んでくれた、同じ年の男の子。

だけど私達が小学生に上がる時、私は引っ越すことになって同じ小学校には行けなかった。たかのぶくんは最後まで見送ってくれたけど、とうとうさよならは言ってくれないまま引っ越してしまった。その代わりに毎年年賀状を出すと約束して、それは私達が高校生になった今も続いていた。

最初はたかのぶくんのお母さんが書いてくれていた宛名が、やがて男の子の字に変わって、漢字が増えていく。たかのぶくんは高く伸びると書いて高伸くんで、名字は青根くん。だけど青根くんも高伸くんもしっくりこなくて、私の中では今も幼いたかのぶくんが一番たかのぶくんらしい。私がこうして少女から女性へと変わっていくのと同じようにたかのぶくんも青年へと変わっているのだろうけど、如何せん私達のお互いへの記憶は幼稚園で止まっているから、全く想像がつかなかった。

去年、高校に上がる年の春に、私は初めてたかのぶくんに年賀状以外の手紙を出した。また宮城に戻ることになったと伝えたくて筆を取ったけれど、新年の挨拶と近況を一言添えるだけの年賀状とは違って便箋はとてもじゃないけど埋まらないと思った。季節の挨拶に無駄に四行も使ってしまったけれど、そこから話が膨らんで結局二枚も書いてしまった。それくらい、私は宮城に戻る春を心待ちにしていた。

たかのぶくんは四日ほどで返事をくれて、「また会えるのを楽しみにしてる」と手紙の最後を締めくくった。たかのぶくんは伊達工業に行くらしく、私の進む高校と違っているし、私も宮城には戻るけど前と同じところに住むわけじゃないからたかのぶくんの家と離れている。だけど同じ宮城にいればいつか会えると、私もそれを楽しみにしていた。その年の年賀状まで、たかのぶくんとの手紙のやりとりはなかった。


高二になってしばらくした頃、駅前を歩いているとジャージを着た二人組の男の子のうちの一人とバチリと目が合った。
眉毛がなくて大きい人。少しだけ引っ込み思案に育ってしまった私は、背が大きいというだけで少し怖い部類の人だったけれど、私は口をパクパクさせてその人を見た。その人も私を見てズンズンとこちらに向かってくる。一緒にいた男の子は飄々とした今時の子って感じの子で、突然知らない女の子のところに向かう自分の連れに驚いているようだった。

「たかのぶくん?」

目の前まで来ると、私の方から声を掛ける。目の前まで来ると本当に大きい。私は今首を直角に曲げているのでは。彼は大きく頷いて、まじまじと私を見る。幼稚園以来会っていない、文字だけのやりとりをしていたたかのぶくんだ。

「え?青根、これ?」

一緒にいた男の子が楽しげに小指を立てた。だけどたかのぶくんが首を横に振ると、「なんだーつまんね」とガッカリしている。この人はちょっと失礼な人なのかもしれない。だけどたかのぶくんの友達だから、きっと悪い人ではないのだろう。

たかのぶくんは、やっぱりたかのぶくんだった。眉毛は昔から薄かったし、体も大きかった。あの頃のたかのぶくんがそのまま大きくなっていた。本当に大きくなっていて、私の周りでもこんなに大きな人はいない。





「名前なんていうの?」
「みょうじです、たかのぶくんとは幼馴染みで」
「あ、そうなんだ。てか名前のほう教えてよ」
「なまえです」
「なまえちゃんねー。俺青根のチームメイトの二口。堅治でいいよ」

どうやら青根の幼馴染みも青根と同じく少し変わった人間なのだろう。名前ではなく名字で名乗ったのはただの真面目かそれともこう見えて意外と体育会系なのか。青根の知り合いならそのどちらもありえそうだと、二口は掴み所のないなまえに考察を立てる。掴み所はないが悪い奴ではないという確信はあった。

「部活やってるの?」

ジャージを着た二人に問う少女に、バレーをやっていることを青根が言っていないのだと知り少し驚く。本当に久しく会っていない幼馴染みなのだろうとも。

「俺らバレーやってるんだよ、青根すごいから今度見に来なよ」
「たかのぶくんがいいなら、是非…」

チラっと青根に視線をやると、大きく頷く。それを見て嬉しそうに笑うなまえを見て、どうやらこの二人の仲を取り持つことになりそうだと二口は先が思いやられた。

「試合の日教えてくれると嬉しいな」

その言葉にまた大きく頷いて「手紙書く」と続けた青根を見て、二口は更にぎょっとした。今なんつった。

「は!?手紙!?」

青根と青根の幼馴染みを交互に見やると、不思議そうにこちらを見る二人。

「え、ちょっと待て、連絡先知らねーの?」
「住所知ってますよ」
「いや、そうじゃなくて」

この現代社会で家の固定電話だけでやりとりしていると言われても驚く自信があるが、更にその上をいく古典的なやりとりに二口は膝から崩れ落ちそうになった。勿論二人が大切にしているやりとりを馬鹿にするつもりは毛頭ないのだが、もっと気軽に繋がる方法があるではないかと。

「なまえちゃん携帯持ってる?」
「失礼ですね、ありますよ!」
「はい、青根も携帯出して」

失礼だと言うならば何故もっと早くに手紙に番号なりアドレスなりを添えてその便利な方法を使わなかったのかと知りたい。不思議そうに携帯を取り出す青根を見て、ここまで言って何故気付かないと本当にじれったく思う。バレーをやっているときだけではなく他人に対しては冷静で気が利く奴なのだが、どうも自分のことになると無頓着な青根は、らしいと言えばらしい。

「今度からこっちでやりとりすれば?そしたらもっと会ったりしやすいんじゃない?」

二口がそこまで提言してやると、二人ともパアッと顔を明るくした。少し呆れるが、この二人はこの二人でいいのだとも思う。「堅治くんありがとうございます!」と丁寧にお礼を言う青根の幼馴染みと、嬉しそうに顔を綻ばす青根の初々しさに、二口は何とも言えない温かな気持ちで包まれていた。


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