「何してんの?」

家の近くの公園に見知った人物と幼い女の子が砂場にしゃがみこんでいるのを見つけ、思わず声を掛けた。声を掛けられた人物は顔を上げて、私の存在を確認すると片手を上げて挨拶する。
茂庭だ。
中学の時同じクラスで、席も近くてよく世話になった。性格も良かったし優秀で、バレーが好きな少年だった。
本当はずっと、好きだった人。
多分あの頃お互い好きだったんだと思う。だけど周りにもその気持ちがバレてしまい、中学生特有の冷やかしによって付き合うことはなかったしどちらも想いを告げることもなかった。
茂庭が伊達工に進学して、私は反対の位置にある高校に進学したから、中学を卒業してから一度も会うことはなかった。
その人物と、久しぶりに対面する。

「おー、みょうじ。久しぶり」

一緒にいた幼女も顔を上げて、大きな瞳で私の顔をじっと見る。

「かなめちゃんの、かのじょ?」

舌たっらずな話し方に似つかわしくない言葉が飛び出してきて、私も茂庭も驚いてその少女を見る。最近の子供はマセていると言うけれど、全くもってその通りらしい。恐ろしいことこの上ない。

「違うよ、お姉ちゃんは俺の、お友達」

茂庭が慌てながらも優しく否定する。その横顔に昔の面影を見つけて、淡い気持ちがまた燻り始める。

「よかった、かなめちゃんとけっこんするのは、わたしだもん」

心底安心したように少女は言う。

「茂庭、工業行ってそういう趣味に目覚めたの?」
「なわけないだろ、親戚だよ」

言われてみると少女の大きな瞳や髪質は茂庭に少し似ている気がした。よかった、工業は女子が少ないらしいから、小さい子までそういう対象になってしまったのかと思った。私が茂庭の彼女じゃないことを知って私に興味を示さなくなり、持っていたシャベルで砂をほじくり回していた。

「砂遊び?」

私もしゃがんでその少女に問う。足元に視線を落としたまま少女は頷く。茂庭には懐いているらしいけれど人見知りなのだろう。

「お姉ちゃんもまぜて」
「いいよ、じゃあ、おみず、くんできて」

大好きな茂庭と二人で遊んでいたのに邪魔が入ったのが本当は不満だったのかも知れない。早速パシりにされる。少女の持ち物であろう小さなバケツを拝借して水を汲んで戻ると、茂庭と少女が手を繋いで砂場から移動していた。

「お水、もういいの?」
「うん、よつばさがすからいらない」

相変わらず私の目を見ずに少女は言う。やっぱり私、邪魔なのかな。

「ごめんなみょうじ、こいつ人見知りなんだ」

困ったように眉を下げる茂庭。卒業してから会ってないけど、本当に変わらないなとその表情を見て思った。茂庭は昔からお人好しだった。だけどそんなところが好きだった。お人好しの彼を困らせたくなくて、言えないまま卒業してしまったけど。

「冠とか作ったら私にも懐いてくれるかな」

茂庭と少女が四葉を探している間、シロツメクサを編んでいると少女が興味を示したのか私の手元を覗き込む。出来たらあげるね、そう声を掛けると嬉しそうに笑った。

気付くと少女と同じ年くらいの子達が公園に集まってきて、少女はそちらの方に混ざっていった。

「親戚の面倒見るって偉いね」

その場に残った茂庭と二人きりになってしまって、いたたまれなくなってシロツメクサを編む手を止めずに話し掛ける。
茂庭はクローバーの絨毯に腰を下ろして、自分の親戚を見守っていた。

「部活引退して暇だからな」

何かまずいことを聞いてしまった気がする。茂庭がきゅっと口をつぐんだのを見て、そう思った。

「変わんないね」
「まあな。みょうじは何か大人っぽくなった」
「そうかな。綺麗になったってこと?」
「そんなとこ」

素直に肯定されて、自分で聞いておいて恥ずかしくなる。茂庭はいつでも真っ直ぐな人だった。そんなところも好きだったのだけど。

気恥ずかしくなってお互い黙ると、穏やかで懐かしい空気が流れる。一体どこで覚えてきたのか「ふりん」やら「りこん」など、とんでもなく物騒な言葉が飛び交っているおままごとの喧騒さえ穏やかに感じるほどに、心地よい時間だった。

「端同士ってどうやって繋げるんだっけ」
「貸してみ」
「やっぱりハンダゴテでくっつけたりするの?」
「お前は工業を何だと思ってるんだ」

白い塊と化したシロツメクサを渡す時、少しだけ重なった指先が固くなっていたことや、短く切り揃えた大きな爪が大きくなっていたこと、器用に端を編む大きな手や伏せられた睫毛が、昔と違って頼もしくて、だけど何も変わっていない気がして、今でも自分の心は茂庭を見ているのだと実感した。

卒業してからそれなりに恋愛もしてきたつもりだけど、そのどれもがしっくり来なかった。根底にはいつも茂庭がいて、茂庭に似ている人を好きになろうとしていた。当たり前だけど、茂庭に似ている人がいたってそれは茂庭ではないから、私が満たされるはずもなかった。こんなことなら、卒業する前に玉砕覚悟で告白でもしていたらよかったと、何度後悔したことか。茂庭に何か言ってもらえたら、もっと割り切れていたかもしれないと。

「できたぞ」

そう言って輪になったシロツメクサを私の頭に乗せる茂庭とまともに目が合って、自分の頬に熱が集まるのがわかった。

「これ親戚ちゃんにあげるやつなんだけど」
「お前でピッタリだからあいつにはでかいかもな」

知らない間にこんな恥ずかしいことをするようになったのも、成長なのか。少年から青年へと変わってしまった初恋の人にときめかずにはいられなかった。

そんな心中を悟られない様、おままごとに興じている親戚ちゃんのところに向かう。話は「いしゃりょう」にまで飛んでいて、自棄にドロドロなおままごとを諭すように頭に冠を乗せてやる。確かに少女には大きかったけれど、瞼までズレ下がったその冠に嬉しそうに笑った。

「かわいい?」
「うん。ね、茂庭」
「可愛いよ」

優しげに言う茂庭に満足したらしい少女に、作ってよかったと思う。仕上げたのは茂庭だけど。

「かなめちゃんのおよめさんみたい?」

困ったように頷いて、頭を撫でてやる茂庭の横顔に、その視線が自分に向いていたらどれだけ幸せだろうと小さな子にまで嫉妬してしまった自分に気付く。それくらい、茂庭の顔は優しかった。

「おねえちゃんにこれあげる。おれい」

少女が握っていたものを受け取ると、さっき茂庭と探していた四葉のクローバーだった。大事そうに握っていたから少し萎びている。

「いいの?」
「うん、おねえちゃんのねがい、かなうといいね」
「ありがとう、でもライバルになっちゃうよ」
「らいばる?」
「そ。」
「何のだよ」

楽しそうに口を挟んだ茂庭の方を見る。さすがに小さな子供達の前では言えないけれど、ぼかすように「恋のだよ」と溢す。それでも茂庭が気付いていないから本当にいじらしい。
茂庭らしいといえばらしいけど。

きっと今日を逃せば、もうないかもしれない。高三の私達には、もうすぐそこまで進路が迫っている。茂庭がどこで何をするかも知らないから、もう二度と会えない可能性だって、ないわけじゃない。

子供達がまた四葉を探しに行く小さな背中を見ながら、「好きだって言ってんの」と呟くと、驚いて私の方を向くのがわかった。

「え?」
「だから、ずっと好きだったんだってば。茂庭のこと」
「えっ!?」

ああもうどうにでもなってしまえ。ここまで言ったら何も怖くなかった。

「小さいお嫁さん候補には負けないよーってこと」
「えっと、あのさ、みょうじそれ本気?」
「茂庭のこと忘れらんなくて、誰のことも好きになれなかったんだから。責任取ってよ」

もっと可愛い言い方もあっただろうと自分でも思うけれど、昔よりかっこよくなってしまった茂庭に素直に接することができなくなった。それでも受け止めてくれる気がしたのは、元々ある優しさと冠を被せた時の茂庭の目が見たことないほど真剣だったからだ。

「俺も。今でも好きだよ」


実ることもなく散っていったような気がした初恋が、手の中にある四葉が叶えてくれた。四葉をくれた少女には申し訳ないけれど、茂庭のお嫁さん候補に私も立候補したいと思う。

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