秋宮の代では、彼が唯一のバレー部だった。先輩はいたが部活というより同好会と言った方が正しい様な、皆でバレーを楽しむことを目的としているような、そんな部活だった。それでも彼は部活を楽しみにしていたし、バレーが好きだった。彼が二年になった時、先輩は誰もいなくなった代わりに後輩が入ってきた。少し柄の悪い子達だったが、「アッキーくん主将」と彼を慕っているようだった。

その様子を、みょうじなまえはずっと見ていた。

秋宮と同じクラスの彼女は、同じ体育館で活動するバスケ部のマネージャーだった。彼女が所属するバスケ部も人数があまりいないため、男女混合で活動していたし練習も遊びのようなものだった。この体育館に真面目に勝つための部活をしている奴なんて、いないと思っていた。

インターハイ予選が終わって、同じ体育館で、バスケ部とバレー部がそれぞれ引退の挨拶をする。これで明日から放課後に友達と遊んだりできるし、休みの日もダラダラテレビを見ていられる。そう思っていた彼女は、清々しい気持ちで体育館を後にした。
自分の前を、あの秋宮が後頭部をピョコピョコさせながら歩いている。小さな背中が、突然立ち止まって体育館を振り返る。後ろを歩いていたなまえは、突然振り返られたことに驚いた。

「あ、みょうじ」

振り向いて初めて彼女の存在に気づいた秋宮の瞳が赤くなっていることに、彼女はその時初めて気付いた。それが涙による充血だということも。あんなちゃらんぽらんな部活でも、彼には名残惜しかったのだと。

いや、ちゃらんぽらんだったのは自分だけで、彼は唯一の三年生で、それでも勝ちたくてバレーを続けていて、一筋縄で行かない後輩達も彼にとっては可愛くて仕方のない仲間だったのだ。

途端にさっきまで解放感に満たされていた彼女は、自分の三年間を恥じた。

「なに泣いてんのよ」

適当にやっていた自分が、必死だった彼にバツが悪くて彼女は目を逸らした。

「もっとやりたかったなと思ってさ」

彼女が所属していたバスケ部の連中も、本当は彼なりに情熱があったのだろうか。そのために、自分は何かできていただろうか。秋宮の真っ直ぐな充血した目を見ることができずに彼女は思った。

「俺らさ、県内一の強豪と当たってさ」

それでも勝ちたかったよ、そう秋宮は続けた。その時彼女は堪らず泣き出した。何が悲しいのか、それとも悔しいのか、自分の涙の理由が解らなかったけれど、彼女は泣かずにはいられなかった。強いて言うならそれは目の前の秋宮が泣いているせいで、ちっとも部活に思い入れがないなまえはそんな自分が恥ずかしく思った。

「何でお前が泣くんだよ」

あどけない顔の秋宮が、本当はこんなに頼もしいことや情熱を持って部活に励んでいたことに心を打たれたのだ。今まで同じクラスのバレー部の男子、としてしか認識していなかったのにだ。

「三年間お疲れ」
「お前もな」

労い合いながら、二人とも帰路につく。明日からの放課後は、もう体育館に行くことはない。自分達の未来のために向かっていく。
なまえはちっとも本気にやらなかった情けない自分の青春も、たった一人で後輩たちを鼓舞し続けた秋宮の青春も、そのどちらも忘れないでいようと思った。


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