おろしたてのワンピースにお気に入りのパンプス、デパートのBAさんにおすすめしてもらった化粧品、三十分もかかった髪の毛のセット。デートするときの女の子は、自分史上最大のかわいいを出力するべく必死なはずなのに。
 それなのに、ショーウィンドウに映る私の顔は、ひどく冴えないように見えた。

「ていうか影州くん最近連絡くれないじゃん」
「わりーわりー、ちょっとな」
「またみんなで遊ぼーねー」

 というのも、今日私がデートしている相手であり彼氏である中宮影州は、さっきから十分に一回くらい知らない女の子に絡まれている。話を盗み聞くにどうやらどいつもこいつも影州の知り合いのようで、影州が知らない女の子に捕まる度なんとも言えない気持ちになる。ていうか十分に一回ってなに、どこの世界にデート中にそんな頻度で女の子に話しかけられる男がいるの。

「ていうか一緒にいる子ってもしかして……」
「あー……そ、オレの彼女。かわいいっしょ」

 ニャハハ、と独特の笑い方をした影州に肩を抱かれて、そこでようやくやってくる私のターン。いくら相手が影州に少なからず好意を抱いている女の子であっても、影州の知り合いなことに変わりはない。努めて愛想よく振る舞って、淑やかにお辞儀なんてしてみる。心の中では舌出して両手の中指立ててたって、そんなことおくびにも出しちゃいけない。

「へえ〜、影州くん女の趣味変わったねえ」

 とか言われるのも今日で五回目? いや六回目? さっきの子は足の爪先から頭の上まで無遠慮になめ回すように見られて終わったけど、不愉快なことに変わりはないのであれもカウントさせていただく。
 ていうかどっからどう見てもデート中なんだからそろそろ遠慮して立ち去ってほしい。つまるところまじで早くどっか行け。にこにこと笑みを浮かべているつもりではいるけれど、おそらく私の背後辺りからこれでもかというくらいのどす黒いオーラが出ていたのかもしれない。「影州くんじゃあね、また連絡するね」とひらひらと手を振って彼女は立ち去っていった。“また”連絡するねってなんだ、ふざけんなと思いつつ、私も笑顔で彼女を見送った。

「……いやあ、なんかわりいな」

 彼女の背中が完全に見えなくなった頃、言葉とは裏腹に全然申し訳なさそうに見えない影州に手を差し出される。なんとなく悔しくなってその手を無視して歩き出すと、「おい、なにキレてんだよ」とこれまた全然焦ってなさそうな声が着いてくる。それがなんだか無性にむかついて、なんだか無性に悲しくなってきた。

 私と出会う前の影州は、女の子が好きで好きでたまらなくてそれはそれはもうあちこちの女に粉をかけて回っていたそうだ。あまり詳しくは聞いてないし聞きたくもないけど、影州の姉(正確には兄だけど)である紅印ちゃんにさえ「やっと影州にも本気の子が出来たのね」なんて涙ながらに両手を掴まれたくらいだ。本人が言わなくたって噂はどこからともなく聞こえてくるし、それらを鑑みるにおそらく春先のスギ花粉くらいはそこら中の女の子に粉をかけてきたに違いない。だからさっきみたいなことだって、悲しいかな頻繁に起こる。
 影州と一緒にいないときでさえ、知らない子から「影州くんと付き合ってるって本当?」とか聞かれたりする。その度に私が砂利を噛んだみたいな気持ちになってることなんて、影州は知る由もないんだろうな。言うつもりもないけども。

 影州は本当は誰でもよくて、たまたま私と出会ったからたまたま付き合っただけなんじゃないかって不安になる。でもその不安を口に出したら、それこそ「めんどくせえ女」って呆れられる気がして、全部終わってしまう気がして、影州が他の女の子のところに行ってしまう気がして、なにも言えない私は影州に言われるまでもなく「めんどくせえ女」なんだろう。これじゃ遅かれ早かれフラれる未来しか見えない、先を考えると憂鬱になる。

「お前なに暗い顔してんだよ。せっかくのオレ様とのデートだぞ」
「は?」
「おーこわ。かわいいカッコが台無し」
「誰のせいだと思ってんの?」
「あー……オレ?」

 丁寧にカールさせてきたまつげの先で、相も変わらずへらへら笑ってる影州を見やる。嫉妬とか束縛とか、彼女なんだからちょっとくらいの独占欲は大目に見てもらえるのかもしれない。でもこの男に限っては許されないような気がしてしまうのは、おそらく彼がふよふよ飛んでっちゃうスギ花粉だからだろう。言い方としてスギ花粉はいくらなんでもあんまりだけど。でもスギ花粉じゃないなら他になんて言ってやろう、ヒノキか? マツか? そういえばマツの花粉症ってあるんだっけ? てかそういう問題じゃないか。ぶすくれて、だんまりを貫きながらそんなくだらないことを考えていると、隣からくぐもった笑い声が聞こえてくる。犯人は言わずと知れているけど影州だ。

「……なに笑ってんの」
「いや? もしかして妬いてんのかなーって」
「は!?」

 図星を突かれて思わず声を上げると、耐えきれなくなったのか影州は手のひらで口元を覆いながら笑いだした。長い指の隙間から見える頬が心なしか赤い。

「笑い事じゃないんだけど」
「そうだよな、お前にとっちゃ愛しの彼氏様がしょっちゅう女の子に声掛けられてむかついて拗ねちゃうくらいの大問題だよな笑っちゃだめだよな」
「って言いながらなに笑ってんの?」
「いや……なんつうか」

 すげえかわいい。
 今度は両手で顔を覆ってしまったもんだから影州が今どんな顔をしているのかなんて全くわからないけれど、影州がぼそりとつぶやいた言葉だけはばっちり聞こえてしまって、今度は私が真っ赤になる番。耳まで熱くて仕方ない。

「かっ、かわいいとか言えば許すと思わないでよね!」
「いや別にそんなつもりじゃねえけど」
「大体影州って“かわいい”ってすぐ言うから信用できないし」
「とか言って顔赤くなってんぞ」

 指摘され、両手で頬を隠せば今度は大笑いされる始末。ああもうこれだから女慣れしてる男は困る。まるで私ばっかり影州を好きみたいじゃないか。……とはいえさっきの「かわいい」は、稀に見るガチさだったように聞こえたけど。それが余計に腹立たしいんだけど。

「……オレのことそんなに好き?」
「うるさいばか」
「否定はしねえんだな」
「好きじゃないならデートしない」
「だよな」

 安堵したような顔で微笑まれて「今そんな顔するな!」とか腹が立つ。なにが腹立つって、照れくさいから腹が立つ。

「今日の服わざわざオレのために買った感じ? すげー好きなんだけど」
「うるさいやめて」
「髪型もいつもと違うよな、まあいつものもかわいいけど」
「ねえほんとやめて」
「なんか今日リップの色も違うよな、あとまぶたの色とか爪とかてか香水変えた?」
「もうほんと勘弁してそこまで気づくと逆に怖い」

 なあなあ、それ全部オレのため? とか嬉しそうに問い質してくる影州があまりに恥ずかしくて聞くに耐えなくて、押さえた耳はびっくりするほど熱を持っている。本気で好きでもない女の爪とかリップの色とかわざわざ気づくほど見るかと言われれば、いくら女好きの中宮影州でもそこまでしないだろう。しかもわざわざそれを指摘してこないだろう、こんなに、嬉しそうに。つまりたぶん、そういうことなんだろう。

「ちなみに言っとくけど、お前と出会ってから他の女の子の連絡先ぜーんぶ消したから安心しろって」
「……ふーん」
「お前さては信用してねえな」
「信用される努力をしてよ」
「ま、やきもち妬いてるかわいいなまえちゃん見れてオレとしては満足だけど」

 とかなんとかほざいてる影州の頬をつねれば、私の耳と同じくらい真っ赤で同じくらい熱かったので今日のところは仕方ないから許してやろうと思う私は、やっぱり影州に惚れているのだろう。

2021.1.17

back
- ナノ -