車のヘッドライトと街の灯りが乱反射して眉を寄せた。冷たい空気はそれだけで澄んでいるように感じる。だから秋は人を寂しくさせるのだろう。人知れずひっそり黄昏ていると、不意に雑な手つきで頭を撫でられたのでびくりと肩が揺れる。

「久しぶりじゃん」

コンビニの前で待ち合わせた男は、買ったばかりであろうガムの包みを早速開けた。一つ寄越してきたそれを受け取る。少しだけ触れた指先は固くて、外気に触れ冷えていた。

「久しぶりだな不良少女」
「なにそれ。人のこと言えないくせに」
「バーカ。俺真面目に生きてっから」

どこが、と言おうとして口を閉ざした。御柳の言う通り、こいつは夏を境に変わったような気がする。

御柳との出会いは中学時代。仲良くしていた先輩が連れてきたのがこいつだった。あまり素行のよろしくない私達はなんとなく馬が合い、よき遊び相手として関係が続いていた。

「最近顔出さないね、どした?」
「お前と違って俺忙しいの」

探りを入れるも皆まで言わない。決して人付き合いが悪いわけではないこの男も、どうしてだか自分のことを話すのが苦手なようだ。

「なに、部活?」
「あーそんな感じ。ま、お前もなんかやること見つけろや」

出会ったときには既に、御柳は地元でも名の通った野球少年だった。堅いイメージのある野球部だけれど、御柳は割と柔軟な思考を持っているし女やギャンブルにも興味のあるごく普通の男の子だった。だからこそ御柳とは話が合ったのだけれど、最近ではパチンコ屋でも見かけないし女の話も聞かない。部活や学校をサボりがちだったこの男も、甲子園に行ってからというもの熱心に部活に顔を出しているようだ。
客観的に見ればそれは御柳にとってとてもよいことだと思う。少しだけ寂しくも思うけれど。

「高校球児は大変ですね華武の四番さん」
「んだよそれ嫌味くせえな」
「たまには遊んでよってこと」
「バカ言え、うち厳しいんだよ」

本心には触れさせてもらえず煙に巻かれたけれど、「あー遊びてえ」なんて溢した御柳が少しだけ楽しそうに笑ったのを私は見逃さなかった。まるで年相応の笑顔、そんな少年のような顔でこいつも笑えたのだと初めて知った。

これまでは、御柳が不意に冷たい目をすることがあった。同時になにかを憂いている瞳も。その理由は触れてはいけない気がしていた。こいつ自身が拒むと思っていたし、なによりも今までのゆるい関係がなくなってしまうことが怖かったのだ。人には触れてほしくない話の一つや二つ、当たり前にあるのだとばかり思っていた。だけど今はどうだろう、きっと御柳が省みたくなかった過去は誰かに払拭されたのではないかとふと思う。

「最近いいことあった?」
「なんかお前今日気持ちわりいな、なんもねえよ」

私は御柳の全てを知っていると思っていたわけではない。だけど、御柳が付き合ってきたどんな女の子よりも御柳に近い存在であるとは思う。飽きたら別れる、駄目になったら別れる、そんな使い捨ての関係なんかじゃなくて、もっと深いところで繋がれている気がしていた。なんなら私は御柳の好きな女のタイプも知っているし、どんな言葉を嫌がるかとかなにをされたら喜ぶとかそんなことまで知っていたけれど。顔も知らない御柳の過去を掘り返した人に、少しだけ醜い感情が沸き起こる。私がそんなことを思っていることも知らずに、御柳はしみじみと呟いた。

「お前とこうやって会うの久しぶりだな」
「だって御柳が遊んでくれないんだもん」
「あー?寂しいのかよ」
「って言ったら遊んでくれんの?」
「気が向いたらな」

いつもならなんとなくで聞き流す言葉に胸がざわつく。別れはすぐそこまで来ている?
御柳が部活に精を出すようになった。それだけなのに、とてもよいことなのに、このまま交遊関係や女関係も洗ってしまうのではないかと不安になる。そのとき私は御柳の悪友のままでいれるのだろうか。

「ムカつく」
「試合見に来たら俺に会えるけどな」
「野球のルールよくわかんないし」

“こっち側”だと思っていた御柳が遠くに感じて途方に暮れそう。最初からきっと違ったのだ、御柳にとっては一瞬の過ちで、だけど私はこういう風にしか生きられない。出会ったことすらそもそも間違いだったのだ。

「まあ、あんたが幸せならいいんですよ」
「うぜー。てめえ俺の女かよ」
「やだ、私のことそういう目で見てたの?気づかなくてごめんねー」
「なわけねえだろ、お前だけは100万貰っても無理」
「そんなに!?」

意味も理由もなく、きっと目的だってない。私は当面そうやって生きていくのだと思う。まだ“そっち側”にはいけそうにないけれど、それまで待っていてくれるだろうか、こいつは。

「じゃあ私がまともになったらどうする?」
「んな日一生来ねえから安心しろ」

門前払いされたけれど、私にだってきっとそんな日が来る気がしている。寂しさに押し潰されそうで、このままでいいとは思えなくなってしまった。“そっち側”は楽しいだろうか、聞くまでもなく御柳は生き生きしている。

人を寂しくさせる季節に生まれた男は、同じくらい人を寂しくさせてしまうのかもしれない。口の中に広がった爽やかなシトラスはまるで今の御柳のよう、それを苦く感じてしまう私はきっとまだまだ甘い女なのだろう。

2015.10.05 happy birthday.

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