好きだった人に彼女が出来た。

放課後、その好きな人が女の子と手を繋いで帰るのを、教室の窓から見てしまったのだ。あろうことかそれは私の友達で、一番の友達で、大好きな友達だった。好きな人と大好きな友達が一緒なら、それは私にとっても幸せなはずなのに、二人が幸せなら私もそれで幸せのはずなのに、私はちっとも幸せなんかじゃなくて、寧ろ世界で一番不幸せな人になったのだと思った。


その光景を見てから空が赤く染まるまで、私は一人ぼっちの教室でわんわん泣いた。少しでも可愛く見られたくて、毎朝がんばっていた化粧なんかボロボロだ。だけど見てほしい人には、もう見てもらうこともないから、関係ない。
私のひっそりと秘めていた三年間の恋は、今日、無惨に散ったのだ。

友達にくらい、話していたら、この恋は報われたのか。それとも、私だけじゃなくて誰も幸せになれない未来しか待っていなかったのか。
どちらにせよ不幸せなのは私だけで、その不幸せを私一人で背負ったのだ。誰も幸せにならないより、きっとずっといい。


納得なんてしたくなかったけど、無理矢理自分を納得させて、酸素の足りなくなった脳を携えて私も帰路につく。
生徒玄関を抜けると、隣のクラスの男の子達が楽しそうに話してて、この真っ赤に充血した目も腫れた瞼も見られたくなくて、咄嗟に隠れた。
男の子達は一頻り笑いあったあと、手を振り合って、別々に散っていく。ああ男の子っていいなあと、常日頃思っていたことを強く再確認する。


工業高校に女子は少ない。だからその少ない女子達は、なるべく事を荒げないように常に警戒している。そんな気負いなく仲良くできていた友達に、彼氏ができた。
それもわたしのすきだったひと。

工業高校にいると男の子の生態は熟知してきて、知れば知るほど羨ましいと思う。どうして私は女としてこの世に生を受けてしまったのだろう。

さっきまで笑いあってた集団のうちの一人が、未だに校門の前で立ち尽くしているせいで、私はいつまでも帰れない。早く帰ってくれればいいのに、その男の子はずっと、体育館の方を眺めてた。
行きたいなら、行けばいいのに。
そう思う自分と、言いたいことすら言えなくて世界で一番不幸せになってしまった自分の影が重なる。似てるのかな、彼も、私と。


逆光で見えなかったその男の子がやがて振り返って、よく見ると隣のクラスの茂庭くんだった。茂庭くんから私は見えていないけど、茂庭くんを盗み見ているみたいで勝手に後味が悪い。茂庭くんは目を閉じて、何か考えている風だったけど、やがて握りしめた拳で瞼を覆い隠してしまった。

泣いているのだ。
そう直感した。

見なければよかったとも。

確か茂庭くんはバレー部の主将だった。インターハイ予選が終わって、引退した茂庭くん。苦しそうに震えていて、頬を涙がボロボロボロボロ零れ落ちて、まるでさっきまでの私みたいだと思った。
ああ見なければよかった。
男の子の涙は気高いものだから見ちゃいけないと思っていた。だけど気高いからこそ、その美しさに目を奪われる。

茂庭くんという人を、私はよく知らない。同じクラスになったことはないし、話したこともない。ただバレー部の主将で、誰にでも優しくて、いつもニコニコしてる人だと思っていた。その茂庭くんが泣いている。
茂庭くんという人物そのものが気高いから、その涙は悲しいくらいに気高くて美しかった。だけど茂庭くんが苦しそうだから、早くその涙が一時的ではなくちゃんと止まってほしいと思った。

茂庭くんは、引退して何日経っても何週間経っても、苦しいんだ。季節がすっかり夏休みを迎えようとしても、茂庭くんの心は今でも体育館に取り残されている。

私は自分が世界で一番不幸せだと思った。だけど目の前の、息を飲む程美しい苦しんでいる茂庭くんを見て、こんな残酷な光景はないと思った。だけど私は茂庭くんの苦しみも、夕焼けが包む痛いほど美しい光景も、泣き腫らして真っ赤に充血した瞳に焼き付けて、いつまでもいつまでも覚えていようと思った。

茂庭くんのシルエットが夕日に溶けて、そのまま涙も溶かしてあげればいいのに、それもできないから本当に世界は残酷で、その残酷な光景を不覚にも美しいと思った私はもっと残酷なのだろう。

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