「ねえ、マニキュア塗ってよ」

マニキュアのボトルを持参して中宮家に赴く。綺麗にお化粧した状態の紅印が出迎えてくれたので話は早かった。

「なまえちゃんいい加減自分でやりなさいよ」

呆れながらも紅印は正面に座るよう促す。それに甘んじて、私は指先を紅印に委ねた。

「最近栄養が足りてないんじゃないの?」

ぴしゃり言い当てられ言葉を詰まらせると紅印は溜め息を吐いた。

「なんでわかるの?」
「いい?そういうのはね、爪にもちゃんと出るのよ」

言いながら丁寧に甘皮を処理していく紅印の伏せた睫毛は綺麗にカールされている。休みなのだからお肌に休暇を、と言いつつ手抜きを考える私の比じゃないくらい、紅印は美に貪欲だった。

「爪が綺麗だといいわね、心が華やぐわ」

さっきまでの文句はどこへやら。紅印は上機嫌で私の爪に色を落としていく。そう言う紅印の爪も綺麗に手入れされている。爪が割れやすいのならジェルネイルにしてしまえばいいと言うけれど、私はこうやって気まぐれに紅印に任せるのがいい。
だってこれが、今は彼と繋がっていられる貴重な時間だからだ。

紅印はある日突然私に打ち明けた。自分は男が好きなのだと。女になりたいのだと。最初は、男子校のセブンブリッジ、しかも寮生活をしているうちにおかしくなってしまったのだと思った。だけど紅印は本気だった。紅印の想い人である剣菱という人を紹介されたとき、彼の目にはこれ以上ないくらいの恋慕と信頼が灯っていた。そのとき私は知る。自らの恋の終わりを。
だけどだからといって紅印を嫌いになったりなんかしなかった。
彼が望むように女として接した。最初こそはむず痒かったけれどそれも慣れた。紅印が私の大事な友人で憧れであるのに変わりはない。例え紅印がオカマだなんだと後ろ指を指されても、私は、私だけは紅印の味方でいる。そう決めたのだ。恋を手放す代わりに、彼を私なりに守る術を見つけた。

「変わってあげられたらいいのにね」

小さく呟いた私の声に紅印は静かに苦笑した。その笑顔もその美への探求心もその立ち振舞いも、私よりずっとずっと艶やかでずっとずっと女らしい。

「アタシはアタシの性を呪ったことはないわ」

紅印は寂しそうに目を伏せながら言った。
違う、違うの紅印。あなたのためを思って言ったことじゃないの。例えば上手にマニキュアも塗れない、休みの日にお化粧もしない私より紅印が女らしくて、上品に手を添えてカフェラテを楽しむ紅印より男勝りにコーラを一気飲みするような私が男らしいなら、もし私が男だったら紅印に愛されたのかもしれないというただの独りよがり。
ずっと一緒にいたのにね。それでも愛されなかったのだから例え私達の性が入れ替わったとて、そんな二度目の奇跡はきっと起こりはしない。
そもそも紅印が彼、剣菱さんを慕うのだって彼が男だからなんかじゃない。ただ彼が、紅印の性をも越えてしまうほどに魅力的だっただけだ。
紅印が女性を好きになるきっかけなんて本当は幾らでもあったのに、一番近くにいる女が私だったからきっと彼は。

「ごめんね紅印」

いたたまれなくなって声を掛けると、紅印は驚いたように顔を上げた。何もかも私のせいに思えてならない。

「謝らないで頂戴」

あなたの爪塗るの、結構好きなのよ。

紅印はいつでもこうやって、穏やかに笑う。

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