霧咲雀という男は全く寡黙で、ぽつぽつと紡ぐ言葉の全てを熟語で済ます男である。その名前は美しい漢字の羅列のようで、だけどいつかどこかの国を恐怖に陥れた殺人鬼のようでもある。美しさと狂気とが混在している、彼によく似合う名前だと思う。流れるような金髪に、鋭い瞳。口元に光るピアス。この人にも笑うことってあるのかなあ、と思う。

霧咲雀と出会ったのは通学時のバスの中。吊革に掴まるその無表情を眺めているうちに興味が沸き、セブンブリッジ学院近くの高校に通う私は彼のことを少しずつ調べあげていった。野球部で、ポジションはサード。足が早くて、全てに於いて動きが独特である。まるで蜘蛛のような男。知れば知るほど霧咲雀は私の心臓に巣食う。もっと知りたいと乞いながら、彼を見つめる日々。

そんな寂しい私の青春が突如、終わった。
え、なに。何この状況。おかしくない?

「……誰」

目の前の霧咲雀は私の腕を掴み、ただそれだけ発した。この人本当に漢字しか喋らないんだなと思い出す。

「えっと、」
「尾行迷惑。要件何?」

尾行すんな、用があるならさっさと言え、ということだろう。用はそんなに、ない。そもそも尾行などしていない。私は通学時に霧咲雀を眺めているだけだしセブンブリッジの試合に足繁く通っているだけで決して人聞きの悪いことなどしていないのだ。それでもこの状況に思考を停止したため何も言えずにいる私をその鋭い瞳で見下ろす彼は、やがてゆっくり溜め息を吐く。

「入学早々、気配察知」

うわあ。入学したときから気付いていたのか。私達もう三年なのに。途端に恥ずかしくなって頬を染める。最初はただ純粋に「この人派手だなーでも綺麗な顔してるなー」としか思っていなかったのだ。だがこんななりをしている彼からしたらそんな視線は慣れっこなのだろう。それでも気付くほどに私は彼を見ていたのかと恥ずかしくなる。

「試合来訪、結構頻繁」
「うわっ、バレてた」

素直に漏らすと彼は鋭い瞳を更に細めギロリと睨む。私は蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、何も言うまいと心に決めた。なのに。

「何故?」

と彼は私に詰め寄る。しかも結構真顔で。この綺麗な顔立ちに迫られると、年頃の女子としてはなかなか痺れるものがある。無自覚なのだろうか。

「何で、って言われても……」

私が曖昧に濁そうとしても、彼はそれを許さない。言葉の代わりに目で訴えかけてくる。

「気になるから、かなあ……」
「恋愛的意味?」

彼はニヤリと口元を歪める。入学してから高三になるまで彼を遠目で眺め続けていたけれど、こんな表情は初めて見る。普通ならおっかないその笑顔に、場違いに心臓が跳ねる。

「交際希望、駄目?」

駄目?なんて、無自覚に可愛らしく首を傾げる目の前の男にドキドキしっぱなしである。え、何で。さっきまで私睨まれてたじゃん。そんな動揺を悟ったのか、彼はやがて頬を染めながらボソボソと紡ぐ。

「視線察知、段々好意変動」

見られているうちに好きになった、って、ええ!?どういうこと、何でこの人顔赤くしてんの。なに恥ずかしそうに目線逸らしてんの。おかしくない、おかしくない!?

「会話緊張、返事要求」

目の前の霧咲雀は口数が多くないのを知っている。だけどこうしてストーカー紛いの私にも話しかけてくれたのだ。私の返事は、決まっている。

「こちらこそよろしくお願いします……」

語尾が消え入りそうになったけれど、彼にはちゃんと伝わったらしい。照れたように俯く彼に、私もまた顔を上げることができない。思わず二人で黙っていると、彼のチームメイトらしい人達に目敏く見つかってしまった。

「あ、もしかして雀の気になってる子じゃない?やだ、雀言ったの!?どうだったの!?」

この物凄く世話好きな人は確かキャッチャーの人だ。線が細く見えるけど意外に長身。霧咲雀は少し鬱陶しそうにしている。だけどグラウンド上だとこんな風に表情を変える彼は見ることができないから、新鮮に思う。何故か今日だけで霧咲雀と会話することから始まっていろんな表情が見れて、そしてまさかお付き合いすることになった。いつも見つめていただけの彼の近くに行けて、どうしようもなく逸る気持ちを抑えられそうになかった。

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