〈今日は早く帰る〉
短いメッセージを何度も何度も見たところで、これ以上ビタ一文字たりとも出てきやしない。昼食のカレーの味なんてもう全くわからなくなってしまうくらい、たったそれだけのメッセージは私を混乱させた。
なんて返すべきなんだろう。ていうか一緒に暮らしてるんだしわざわざ言わなくてもよくない?とか、ごはん作って待ってろよって意味?とか、余計なことばかり考える。余計なことばかり考えてしまうくらい、一緒に住んでいるのに私たちはぎこちなくなってしまったようだ。
それともわざわざ早く帰ることを宣言してくるということはちゃんと家にいろよっていうことで、それはつまり遂に別れ話をするためなんじゃないかと邪推する。昨日の電気点けっぱなし缶散らかしっぱなしが相当癪に障ってしまったようだ。やっぱり大人しく怒られておけばよかったかもしれない。それか朝起きたときにベッドまで運んでくれたことも含め謝罪の連絡を入れておくべきだった。後悔したってもう遅いんだろうけど。
樹と別れたらどうしよう。そのうち私なんて捨てられる、と腹を括っていたけどいざその瞬間が目の前に来ると正直、怖い。部屋も探さなきゃいけないし家具も買わなきゃいけない。そしてそのあとは?どうなるんだろう。私、ひとりで生きていけるんだろうか。
一時は結婚も考えてた。というかこのままするんだろうな、なんて安易に考えてた。樹からはなにも言われていなかったけど、樹以外の人との結婚なんて考えられなかった。だけど今、考えなくちゃいけないときが来ている。同僚が次々に結婚していく。「次はみょうじさんだね」なんて言われる度に曖昧に笑って受け流すのが苦しくなってきた。人数合わせの合コンに連れ出される度に樹に会いたくなる私の気持ちなんてきっと樹は知らない。知ったところで「じゃあ合コンで知り合った男と付き合えば」って思うんだろうけど。
考えなくちゃいけないことが山ほどある。考えれば考えるほど考えたくなくなって、遂には。
〈そっか。わたし友達とご飯食べてくるから〉
なんてしょうもない嘘を吐く始末。自分が心底情けない。
〈わかった〉
〈あと昨日電気点けっぱなしだった〉
思いの外早く返ってきた返信に肝が冷える。連絡無精のあの男がこんなに早く返信してくるなんて今までなかった。それもこれもやっぱり別れ話をしたかったからなんだろうか。少し先延ばしにして正解だったかもしれない。だってまだ心の準備ができていない。
なんだか無性に、帰りたくなくなってしまった。
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