携帯が震える音で目が覚めた。アラームを消して隣で眠る彼女をそっと確認する。わかりきってはいたけど起きていない。なまえは寝付きがよい上に寝起きが悪い。こんなわずかな振動で起きるようなやつじゃないことはわかりきっていた。
いつもの時間にアラームをセットしたままにしていたものの、今日の演習準備は部下に任せることにしたんだった。無駄に早く行く必要もない。むしろ部下に気を遣わせるだけだ。少しだけベッドで微睡んで、なまえの寝顔を確認する。昨日もずいぶん飲んでいたようだが、今日仕事は休みなんだろうか。酒好きの彼女にとっては平日も休日も関係ないだろうが要らぬ心配をする。自分のこういうところが彼女にとっては鬱陶しいのかもしれない。最近顔をろくに合わさなくなったことも相俟ってそんなことを思う。
同棲を始めて二年、そろそろ結婚も視野に入れようとしたところで昇任が決まった。それに伴い部隊の異動、過酷な任務が増えてきた。家に帰れないことも多く朝も早い、上官との付き合いでしょっちゅう飲みに連れ出されるようになった挙げ句、部下の相談に乗らなければならないことも増えた。そうして仕事にかまけている間、なまえとの時間はどんどん減っていった。
「先に寝てていい」といくら言っても最初の頃は彼女も起きて待っていた。それを嬉しく思う反面、彼女に負担を強いているのではないかとそのうち罪悪感が迫ってきた。日に日に疲れきっている彼女がなによりもの証拠だった。元より酒好きの彼女だったが、次第に飲む量が増えていった。たぶん寂しさをアルコールで埋めるためなんだろう。彼女にそうさせているのは自分だった。
そんなにツラいなら自衛官の彼女なんてやめて、さっさと楽になってもいい。
本当はそうしてほしくないくせにそんなことを思う。自分の恋人がツラそうなところを見るのがいやで、そして「次に顔を合わせたら今度こそ別れ話をされるんじゃないか」と不安になって宿舎に泊まるようにもなった。俺はいろんな意味で今、彼女と向き合えずにいる。
彼女はよく笑う女だった。出会った頃は一緒に暮らして結婚を考えるまでになるなんて絶対思ってもみなかった。彼女はなんでこんな面白みのない男と一緒にいるのだろう、たぶんもっとおおらかな男が彼女には合っている。そして寂しさなんて感じさせないような、いつも一緒に笑えるような相手。それでも彼女が別れ話を切り出さないのはなぜなのか、彼女の性格上面倒なことが嫌いだからなんだろうと結論づけてみる。
穏やかに眠る彼女の白い頬を撫でる。昨夜酔い潰れたなまえをベッドまで運んだとき、最後に抱いたときよりも彼女の肩が細くなったことに気がついた。会わない間、酒以外の食事をどうしているのかさえ知らない。そのとき初めて、一緒にいてやれないということはこういうことなんだと思い知った。ろくに顔を合わせていない間だって彼女は彼女の時間を過ごしている。その時間を俺は知らないだけだ。
彼女と過ごしていたいと思えば思うほど時間は早く過ぎ去っていく。朝は特に時間というものが早く感じる。そろそろ準備しようと起き上がると、寝間着の裾をなまえが掴んでいたことに気がついた。
無意識なんだろうその行動にたまらず胸が熱くなる。そばにいてやれなくてごめん、寂しい思いさせてごめん、それなのに別れてやることもしてやらなくてごめん、今もまだ俺のこと好き?とか、いろんな思いが頭を駆け巡る。小さな手をそっと離すと、彼女の目尻から涙がこぼれた。
ごめん。
彼女に言えない言葉が今日も降り積もる。指先で彼女の涙を拭って家を出る。彼女は今日、どんな一日を過ごすんだろう。それさえ知らずに、俺は今日も生きている。
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