みっともなく口を突いて出た弱音は彼の胸元に消えていった。
肌で感じるのは拒絶や哀れみなんかじゃなくて、全身を包み込まんばかりの優しさ。
不安だった、って言ってしまったら全部が終わると思ってた。“じゃあもっと安心できる男のところに行けば”って言われるのだと思ってた。それが怖くてなにも言えなかった。自分の中で我慢の許容量が越えてしまったときが終わりなのだと思ってた。
そんな不安の全てが杞憂に終わった。
樹は相も変わらずなにも言わないまま、ただ抱き締めていてくれた。その体温に委ねて目を閉じる。時計の針の音がはっきりと聞こえるくらい静まり返った部屋でふたり、生きている。
こんな夜はいつぶりだろう。過去にすがったって苦しくなるだけだから、思い出さないようにしてた。でも、そういえば彼の腕の中はこんな風に落ち着くところだったということを今、はっきりと思い出す。そしてこの場所をこれからもずっと守っていたいとも思う。例え明日の朝、目が覚めたときひとりでも彼はこの部屋に帰ってくるという確信が今はちゃんとある。寂しさや不安ごと抱いた夜が明けていくように、ふたりの時間はまだ止まることはないんだろう。
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