あのライブのあと、フライヤーを配っていた影州の姉(正確には兄)を取っ捕まえた。サイレンスのメイクもしているのだとか。それから今後のライブ予定を聞き出してから私はサイレンスの予定に合わせてライブハウスに出没した。何度かライブを見てもドラムの彼、神鷹は一切客席を見ない。
そして何度か見た結果、わかったこともある。
サイレンスは真しやかに人気があるようだ。フロントマンだけでなく三人ともあの容姿だ、女子に人気があるのは頷ける。そして男からも、演奏力と客に媚びないスタイルがウケているようだ。時折友人らしい人達も来ているようなので、やはり人望はあるらしい。
だけど彼らの、歌以外での声を私は聞いたことがなかった。
聞いてみたい。話してみたい。その欲望は沸々と沸き上がり、居ても立ってもいられなくなった。
今日も今日とてカウンターから彼らを眺め、彼らの出番が終わってすぐにビールをせがむと影州は呆れながら笑った。

「お前ほんと神鷹好きだな」
「は?そんなんじゃないし」
「あいつは無理だって、まああいつじゃなくても無理だけど」
「どういう意味?」
「うわ、やめろよ、火向けんな」

影州の手元に煙草を向けると影州は焦ったように手を引っ込めた。

「なまえだから、って意味じゃねえよ」

ってことは、つまり。

「なに、あの人達女に興味ないの?」
「ちげーよ。ありえねえくらい人見知りなの」

そこから影州はバンド名である“silence”の由来を教えてくれた。笑っちゃうくらい、単純で。

「なにそれ、じゃあみんな喋んないの?」
「まあ雀は喋るけど。あいつ単語しか喋んないから」
「あとの二人は?」
「喋ったの聞いたことねえな。司馬はまあただの恥ずかしがり屋なんだろうけど」

珍しく言い淀む影州に首を傾げる。私が一番聞きたい人のことを、影州はいつも渋る。

「ていうか影州が嫌われてるだけじゃないの?根本的に違うじゃん、あの人達」
「なわけねーだろ。一緒に麻雀やるし」
「少なくとも神鷹くんは仲良くないでしょ?いっつも言いたがらないじゃん」
「あいつは色々あんの。お前じゃ手に負えねえよ」

どういう意味だろう。そう言われると、益々気になる。そんな考えが透けて見えたのだろう。影州はわざとらしく私の目の前にジョッキを置いた。「変なこと考えてんなよ」
「考えてないよ」
「言っとくけど神鷹は高校の時から知ってる俺ですら謎だからな」
「そうなの?」
「まずマスク取ったとこも見たことねえし」
「あれ衣装じゃないの!?」
「ちげーから」

ニャハハ、と独特の笑いを溢す影州に開いた口が塞がらない。私達はとっくに成人を迎えていて、影州は彼のことを高校から知っているのにマスクを取ったところすら見たことがないという。

「コンプレックスとかあるのかな。鼻とか口とか」
「あー…まあ人のことだから俺からは言えねえけど半分当たり」
「鼻筋通ってるから口か」
「そっちじゃねー」

じゃあ鼻?と聞き返すと影州は苦い笑みを浮かべた。裏表なく言いたいことを言う影州のこんな顔を、私は初めて見た。

「顔立ちとかそういう問題じゃねえんだよな」
「じゃあ……」
「まあそういうこと。たぶんあいつが喋んないのもそれに関係してる。あんま詮索してやんなよ」

おら、神鷹見たならさっさと帰れ。そう言って影州は空いたジョッキを引ったくってしまった。


サイレンスを知るまでは飽きるまでいれたライブハウスも、目当てと言うものができてからは熱が分散されない分、サイレンスが終わるとほとんど見向きもしなかった。冷えた夜の空気が火照った頬を冷やす。飲み直そうかな。そう思い足を進めようとすると、機材を運ぶ一人の男と擦れ違った。
思わず振り返ると、流れるような茶色の髪が風に揺れていた。ステージから見るとわからなかったけれど、結構背が高い。
さっきまでの影州との会話なんて忘れてしまうほど。思考より先に喉が動いた。

「あ、あの!」

声を掛けると不思議そうに振り向いた彼は。やはり影州が言っていたように、ステージを降りてもマスクをしていた。

「お疲れ様です」

咄嗟に出た言葉は、それだけだった。彼はこくりと頷いて、それ以上私がなにも言わないのを察してかそのまま機材車に向かった。
それだけのことが、こんなにも嬉しい。綻ぶ頬を抑えきれず、飲み直そうと思っていた足はまっすぐ家へ向かう。余韻に浸るのも悪くないと思った夜だった。
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