扉の向こうに広がるのは、どこまでも食い尽くす闇と刹那の光、そして、爆音。その空気は気だるくて、煙とアルコールと人工の光が闇を包んでいた。

ぼんやりとステージを眺めながらカウンターで紫煙を燻らせる。特になにが好き、とかはなかった。強いて言うなら、その空間が好き。だから気晴らしにいつもいるだけ、すぐそこでなんとかさんがかっこいいとかこのバンドのグルーヴがどうとか、私にはどうでもいい。どうでもよかった。そのときまでは。

対バン形式のイベントはひっきりなしにバンドが代わる。20分から30分。その中で演奏者は全てを出しきる。色々なバンドが見れるのは好きだった。このバンドはあのバンドに影響されてるなとかこのバンドは誰かに勧めたいなとか。転換中、幕の後ろで機材の確認をしている音が鳴る。幕が降りて私は運命と出会った。

ステージに最初に出てきたのは、茶髪にマスクをした男だった。客席に愛想を振り撒くこともせずにそのままドラムセットに腰かける。その男のもの美しさに目を奪われた。ああ、ビジュアル系か。それにしてもあまり奇抜なメイクはしていないようだ。サングラスを掛けた青髪のギタリストと、金髪に唇ピアスのボーカルが揃ったのを確認して彼はカウントを始めた。
演奏中、彼はメンバーを見ることはあっても客席には目も暮れなかった。伏せたまぶたと覆われたマスクで彼の表情はよく見えない。もっとよく見ようとステージに目を凝らした。肝心の演奏もなかなかうまい。それはドラムの彼だけでなく、そのバンド自体がそうだった。
思わず見入るも、これは対バンである。MCもろくにせず演奏だけ好き放題やって彼らはステージから捌けてしまった。

もっと、もっと見たい。このバンドも、ドラムのあの男も。
そう思った。

「ねえ、今のバンドなんていうの!?」

ドリンクカウンターに向き直り、オーナーに訊ねると彼は目を丸くした。

「サイレンス?なになまえちゃん好きなの?」
「うん、気になった!次いつライブするかわかる?」
「次のイベント入ってたかな〜。あ、影州くんサイレンスのボーカルと幼馴染みだったから聞いてみるよ」
「えー、影州ー?」
「俺様がなんだよ」

カウンターでぶすくれていると頭を軽く叩かれた。別になんともないのに条件反射で「痛い」と言いつつ振り向くと、そこにはここのアルバイトスタッフである影州がいた。

「影州くんサイレンスのボーカルと仲良かったよね?なまえちゃんが気になるみたい」
「げっ、雀かよ。思いっきり身内だし」
「あんたに関係ないでしょ。さっさと私にビールよこしなさいよ」
「お前何で俺に冷てえの?」

しゅんとしながらジョッキにビールを注いでくれる影州は、ここのスタッフのくせにすぐ女の子を引っ掛けようとするから本当にどうしようもない。影州がここで働き出した頃には既に私はカウンターの番人だったので、私はナンパされなかったけれど。

「あーもうほら、また泡潰れてる!あんた器用なんじゃなかったの?」
「なまえのじゃなかったらちゃんとやるんだけどな〜、俺様とデートしてくれたらうまくなるかも」
「うっざ!いいから練習しろばか」

渡されたビールを一気に飲み干す。やっぱり影州は宛にならない。そう思っていると。

「で?なに、お前雀みたいなのが好みなの?」

グラスを磨きながら声を掛けてきた影州が、面白いものを見つけたとばかりに目を輝かせた。確か影州が仲良かったのはボーカルの人だ。じゃく、というのはボーカルだろう。

「ボーカルもうまいと思うよー。でも違う」
「じゃあ司馬?あいつ二個下だよ」
「司馬ってどっち?」
「あ?ギター」
「じゃあ違う」

そう言うと影州は口元を引くつかせた。仲、悪いのかな。

「まじかよお前…よりにもよって神鷹とか」

お前も報われねえな。そう言って影州はカウンターの奥に引っ込んでしまった。
しん、よう。
彼の名前、なのだろう。報われないって、どういうこと?ていうか、気になるだけ。ただそれだけ。それ以上なんて望んでない。影州が思うようなことなんて、なにも。
そうやって、思い込みたかった。
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