昼休みの三年五組では盛大なお菓子パーティーが開かれていた。バレンタインは恋より友チョコ、みんなで持ち寄ったお菓子達で机の上はいっぱいだった。恋バナに花を咲かす中、お相手の目処も立たない私はこっそり自分の席に戻った。

「女子ってあけすけだよな」

苦笑した隣の夜久に気づいて、私もそれに大きく頷く。普通なら引くのだろうけど、夜久は温かい目でその様子を見守っていた。さすがオカン系男子。こんなこと言ったら怒られるだろうけど。

「でもなんか羨ましいよ、みんな好きな人いて」
「お前いないの?」
「いないよー」

高校生になったら自動的に彼氏ができるものだとそんな都市伝説を信じていた中学生の私に顔向けできない。彼氏どころか好きな人すらできないこの体たらく。私はこのままおばあさんになって死んでいくのかもしれない。それをそのまま夜久に言うと、困ったように笑った。

「まだ人生長いんだから諦めんなって」
「でもはたち過ぎたらあっという間だっていとこが言ってた」

年頃だというのに一切男の影がないのは、周りで私だけだった。彼氏だ好きな人だ振られただ、そういうのを横目に恋がしたいと思う反面、なんとなく怖さも感じていた。恋の楽しさの裏側にある苦しさも聞いてしまったからだ。下手に好きな人なんて作らないほうがいいとさえ思ってしまう。当然最初から白旗を上げているような女を好いてくれる物好きなんているはずもなく、このまま女子高生を終えようとしている私の青春はきっと思い返したときに笑っちゃうくらい寂しいものなのだろう。

「もしかしたらいきなりお前のこと好きだっていう奴が現れるかもしれないだろ」
「ないない、絶対ない。そんな人いたら病院紹介するよ」
「大袈裟だな」

夜久は笑っているけれど決して笑い事ではないのだ。だからといって夜久に助けを求めるのもおかしな話。いくら夜久が面倒見がよくたって、人の色恋事情にまで首を突っ込まされたら怒るに違いない。

「そういう夜久はどうなの?」
「俺?いきなりだな」
「いいじゃん、私と夜久の仲じゃん」

確かに仲がいいとは言え、半分ふざけて言ったのに夜久はあっさりとそれを受け流した。

「欲しいやつからは貰えてないなあ」

ぽそりと言った言葉を聞いて度肝を抜かれた。夜久とこういう話をするのは初めてだけれど、そうか夜久にも好きな人がいたのか。感心するように夜久の横顔を見つめているといたたまれないのか、怪訝な顔をした。

「え、なに」
「いいなあ、夜久も青春かあ」

しみじみ言うと呆れたような顔で私を見る。夜久のことを振る女子がいるのなら私が説き伏せたいくらい夜久はいいやつだ。きっとその恋も叶うだろう。余計なお世話かもしれないけれど私が保証する。

「夜久なら大丈夫だよ、がんばれ」
「そう思う?」
「当たり前じゃん、夜久がいい奴だってことは私が一番知ってるんだから」
「そいつがどうも鈍くてさ」
「そのパターンかあ、大丈夫、女の子は押せ押せだよ」
「まあ確かにそうかもな」

そう言うと決意したように深呼吸をした夜久。その横顔を温かく見守っていると、大きな目が私を捉えた。突然のことに固まるも、夜久は続ける。

「みょうじからチョコ欲しい」
「え……」
「お前が押せって言ったんだろ」
「そうだけどさ」

予想外のことに開いた口が塞がらない。今までそんな素振り、一度だって見せたことないのに。

「病院勧めるとか失礼なこと言いやがって」
「だって、まさか、ねえ?」
「俺なら大丈夫ってお前が言ったから言うんだぞ」

ああ、もう。どうしたらいいのこの展開。確かに夜久にチョコは用意している。でも深い意味は全くなくて。おずおずとそれを差し出すも、夜久は「本命、じゃないよな」と確認するように言った。

「ごめん……」
「来年期待しとく」

いつもの屈託ない笑顔を見せた夜久に、さっきまでの会話が嘘だったように感じる。ベタだとは思いつつ頬をつねってみたりもしたけれど、痛みは確かにあって、紛れもなく本当なのだと思い知らされた。青春の、最後の最後にまさかの大逆転劇。苦しいかもしれないと思った恋も夜久となら大丈夫だろう。春はすぐそこまで来ている。

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