昼休みのお菓子パーティーは、ハロウィンとバレンタインの醍醐味だと私は思う。ハロウィンはともかく、バレンタインは楽しい反面殊更に虚しくもなる。好きな人欲しいなあ、と今日のためにバッチリおめかしして男の子にチョコをあげにいく女の子を眺めて小さく溜め息を吐いた。友人たちは、やれなんとかくんだの彼氏だのと教室を出ていき、結局教室に残ったのは私だけとなって、もそもそとクッキーを咀嚼する音だけが頭の中にこだまする。

「うわ、寂しい女」

失礼な言葉をぶつけてきた奴を見上げると松川が薄い笑みを浮かべていた。全くもってその通りなのだけれど、あまりに失礼すぎる。

「ひどすぎ」
「冗談だって」

隣の席に腰を下ろして一つクッキーをつまむ松川。彼も女の子からチョコ貰ったのかな、と野暮な疑問が浮かんだ。バレンタインの男子はデリケートだからあんまりいじってやるな、と小学生の頃無知ゆえに男の子を泣かせた記憶が蘇り口をつぐんだ。松川が泣くようには見えないし、落ち着きのある彼のことだからあっさり流されるのはわかっているけれど。

「なんでお前こんな日に一人でいんの?」
「みんな彼氏とか及川のとこ行っちゃった」
「あー、あいつあとで泣かしとく」

真顔で言ってのけた松川に私も笑いが込み上げる。私も最初こそは及川のことをかっこいいと思わなかったわけでもないけど、部員とマネージャーとして接していくうちにそういう感情は消えていった。部員はすべからくみんな特別で、特定の誰か一人に対して特別な感情は持ち合わせない。努めてそうしていた。松川に対しても。

「で、お前は?俺らバレー部員に当然女子マネージャーはなんか用意してきたよな?」
「当たり前じゃん、部室にキットカット四袋あるからみんなで食べて」
「随分安上がりだな」
「部員何人いると思ってるの」

私だって本当は、特別に一つだけ、というのをできることならしたかったと苦笑した松川には言えない。引退したからといって部員同士や私の関係が変わるわけでもなく、きっとこれからも家族のように過ごしていくのだろう。それは卒業してからも、そうに違いない。クッキーと共に飲み込んだ自分の気持ちは、きっと墓場まで持っていく私だけの秘密。淡い青春の、恋心。

「お前ほんと男っ気ねえよな」

しみじみ呟いた松川の言葉は、鋭利な刃物となって私の心にぐさぐさ突き刺さる。そのまま息も止めてほしいと思うくらい。

「部活あったときはまあわかるけど、引退したんだしそういうのねえの」
「ないよ」

自分に言い聞かせるように即答すると、意図せずに強い言い方になってしまって自分でも驚く。同時に罪悪感と虚無感。昔泣かせてしまった男の子のことが頭を過る。そして今なら彼の気持ちが痛いくらいにわかる。バレンタインはなにも男の子だけが傷ついたり笑ったりする行事なのではないと思い知った。なにも始まってもないくせに、始める度胸もないくせに傷ついている私はたぶん、今日世界で一番寂しい女だ。

「じゃあ俺としてはそっちの方が都合いいな」

少しだけ期待するような言葉を言われて、せめてもの抗議も兼ねて「松川は女の子からチョコ貰ったの?」とはぐらかす。自分でも震える声に、気がつかないわけがない。

「まだ貰ってねえけど貰うつもりはある」

じっと目を合わせてくる松川の目を見れない。家族のようだと思った。墓場まで持っていくつもりだった私の恋が、今実を結ぼうとしているのに。いざその日を迎えると怖くて堪らない。夢に描いては何度も掻き消した展開。
押し黙った私を見かねてか、松川は更に続けた。

「あとはあげる奴ならいる」

え?と顔を上げると、松川はポケットから小さな包みを取り出した。表情を変えないまま、それを私の目の前に差し出す。受け取るべきだろうか。受け取っても、いいのだろうか。思い悩んだ末に、結局私はそれを大事に受け取った。

「で、お前は?」

松川が言いたいことがわからないわけでもない。私がその答えとして言いたいこともわからないわけでもない。私が言いたいのは。

「ホワイトデー期待しといて」
「普通逆だろ」

苦笑を溢す松川が優しく触れてきた髪に、まるで一本一本神経が宿ったみたいな感覚を覚えた。
特別を掻き消したバレンタイン。卒業したあとのホワイトデーには、特別を素直にあげたい人。本当は今すぐにでもその手を握りたいけれど、その日まではどうか、このまま家族みたいな関係のふりをしよう。

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