「見てみょうじ、俺こんなに貰っちゃった!」

隣の席で満面の笑みを浮かべて、机の上に貰ったものを広げては眺め、しまいにはそれを写メりだす木兎に苦笑いを浮かべる。その中にはそれはそれは気持ちのこもった私からのチョコも混ざっている。「チョコがないとしょぼくれるから仕方ない」というとっても優しい気持ちのこもったチョコレートだ。それに加えて木兎は男女隔てなく誰とでも仲良くなれる人だから、みんなそこに深い意味はないんじゃないかと思う。それでも喜んでいるのだから全く扱いやすい男だ。
そんなきゃっきゃ喜んでいる木兎を呆れながら眺めていると「木兎さんよかったですね」と相変わらず落ち着き払った様子の赤葦くんが教室に入ってきた。

「赤葦これすごくない!?ていうか俺すごくない!?」
「はい、すごいですね」

赤葦くんはまるで驚いている様子もないけれど、それでも木兎を満足させるには十分だったらしい。相変わらず面白いなこの二人、と傍観していると赤葦くんは私の方に視線を寄越した。鋭い瞳に見下ろされて首を傾げると、赤葦くんは続けた。

「みょうじさん今いいですか」
「えっ、私?」
「はい、少しでいいんで時間くれませんか」

こくりと頷くと赤葦くんは教室を出ていく。なんだろう。不思議に思って木兎に聞こうとしたのに、今度は逆隣の女子に自慢しているようだった。きっと私と赤葦くんの会話も聞いていないんだろう。小さく溜め息を吐きながら眉間に皺が寄るのを感じた。教室の外では赤葦くんが待っている。赤葦くんは私達三年と違って部活がある。あまり時間は取れないはずだ。慌てて赤葦くんの元まで行くと、彼はそのまま歩き出した。

赤葦くんは木兎の後輩で、私は木兎の隣の席の女子というだけで直接的な関わりは殆どない。木兎に用事があるときに一組に来ては時々言葉を交わす程度。一体何事だろう。チラリと赤葦くんの横顔を見上げてみたりする。彼は相変わらずなにを考えているかわからない。大人っぽいとか落ち着いているとか思っていたけれど、こんなとき彼はわかりづらいから困ってしまった。
人気のないところまで来ると赤葦くんは足を止めた。それに倣って私も足を止める。赤葦くんの方を見上げていると、彼はシンプルな包みを差し出した。

「好きです」

私の目を見てぽつりと呟いた赤葦くんに息が止まりそうになる。突然のことに思考も体も全て停止してしまった。

「バレンタインって海外では男から愛を伝える日らしいですよ」

あら博識、なんて呑気なことを言っている場合じゃない。海外のみならず国内でだって逆チョコなるものが存在しているのは知っているけれど都市伝説だと思っていたしそれがまさかそういうのに興味がないと思っていた赤葦くんからいただくことになるなんて思ってなかったしまさかその相手が私になることも想像してなかった。

「あ、赤葦くんこういうイベント興味ないと思ってたよ」

やっと言葉になったのは今絶対どうでもいい話で我ながらこういうときに気の利いたことを言えない自分に呆れるし悲しい。凍えるような寒さの廊下で、私は今変な汗をかいている。対して赤葦くんは、とんでもないことを言った割に顔色一つ変えていない。

「確かに興味ないですね」

ふ、と鼻で笑ったかと思うと「でも」と続けた赤葦くんはまっすぐ私を見下ろしていた。

「使えるものは使った方がいいと思ったんで」

未だに受け取れずにいる私を促すような瞳はいつもの冷めた瞳じゃなかった。冷静で謙虚な子だと思っていた。だからこそ強気な彼に驚きを隠せないし、同時に鼓動が早鐘を打つのも感じている。

「ありがとう……」

動揺しつつ受け取るも、彼はそれだけじゃ許してくれそうになかった。じっと私を見つめている。

「返事、聞かせてくれませんか」
「えっと……」
「ああ、すみません。冗談です」

そんな笑えない冗談やめてよ、と言いそうになったのに彼の続く言葉によってそれは喉の奥に引っ込むこととなる。

「これから好きにさせますんで、覚悟してくださいね」

青春の最後の最後にとんでもない爆弾を落としていった彼が言うまでもなく、私は彼に落ちてしまったも同然である。こくりと頷いた私がなによりもの証拠。

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