「ほんとうぜえよな」

昼休み。隣の席で忌々しく呟いた二口の言葉にぎょっとして顔を上げた。言葉だけではなく表情からもうんざりしているのが見て取れる。

「いきなりなに」
「こんなしょうもねえイベントに心血注ぐ女って暇人だよな」

二口の視線の先には、クラスの男子達にチョコを配っている女の子の姿があった。二口も貰ったのだろう、机の上には可愛らしい包装がちょこんと乗っかっていた。

「そうかな?私はああいう健気な子可愛いと思うけど」
「お前ほんとわかってねえな、ああいうのは健気って言わねえの」

盛大な溜め息を吐いた二口に首を傾げていると、「ま、お前にはわかんねえかー」と小馬鹿にしたように笑う。ムッとしていると二口は更に気をよくしたようだった。ほんと、いい根性してる。

「こういうのって男心を蔑ろにしてんだよな」
「えっ、なんで?」
「当たり前じゃん、全員にやってるようなありがたみもくそもないチョコ貰ったって嬉しくねえんだよ」
「そういうもんなの?」
「そういうもん」

言われてみると確かにそうかもしれないな、なんて納得してみたりもする。口は悪いけれど二口の言うことはいちいち正論だから返す言葉が見当たらない。

「可愛い女子からチョコ貰って期待してたら目の前で通りかかった他の男にも渡されてみろ、百年の恋も冷めるっつーの」

そう言いながらちゃっかりリボンをほどいて一つ口にした二口。矛盾しているけれど、それを指摘したら食べ物に罪はないとか言い出すのが目に見えているため口をつぐむ。

「じゃあ二口だけ本命で、他の子にあげたのが義理とかだったら?」
「チョコの種類なんざどうでもいいんだよ、結局他の男にやってんなら同じ」
「なるほどね、つまり嫉妬か」
「はあ?バカも休み休み言えよ」

怪訝な顔で二口が睨んできたけれど、鮮やかなセロファン片手じゃなんの威厳もない。喉元で笑いを噛み殺しているのを察したのか、二口は小さく舌打ちをした。

「まあぶっちゃけ好きな奴からしかいらねえんだよな」

ぽつり。二口が呟いた言葉に胸が痛む。つまり彼の本心は、本命からの本命しか受け付けない、ということだ。貰うには貰うけれど、ありがた迷惑なのだと。鞄の中で出番を今か今かと待ちわびている包装に視線を落とし、こりゃ不戦敗だな、と苦虫を噛む。

「で?お前からはねえの」

頬杖をついた二口が続けた言葉にすっとんきょうな声を上げると、彼は不服そうにこちらを見た。

「さっきと言ってること違わない?」
「どこがだよ」
「本命からしかいらないんでしょ二口様は」

自分でも可愛くないことを言っている自覚はあった。嫌味にも程があると。さっき二口は「目の前で他の男にもチョコをやられるのは嫌だ」と言っていたくせに、自分のことを棚に上げて抜かしていたのかと思うと悔しい。悔しいくらい、胸が高鳴ってしまった。

「だからそのままの意味だろ」

目の前で他の女から貰ったチョコを頬張りながらよくも言えたな、とひっそり腹を立てているのもきっと彼は知らない。だからこそこんなに、悔しい。

「ここまで言ってまだわかんねえのお前。さすがだな」
「わかってますけど?あんたこそ大好きな私からチョコ欲しいんだったら最初っからそう言いなさいよ」
「はあー?俺はお前がチョコあげたいくせにちんたらしてるから仕方なく貰ってやるっつってんの。勘違いすんな」
「ほんっとムカつく!」

鞄から出した包装を二口に投げつけるも、ほぼ直線的に飛んでいったそれを彼は容易く受け取った。口元に笑みを浮かべたその表情がこの上なく悔しいのに、この上なく愛しい。

「勿論本命だよな?」
「あんたが言うチョコを大量に作る暇な女に見える?」
「上出来じゃん」

わざわざ本命をせがんできたことが答えだと受け取るけれど異論があるのなら今すぐにでも嬉しそうに眺めているそのチョコを返してほしいししまりのない頬の意味を教えてほしい。だけどその必要はないと確信はしているから私も同じくらい、しまりのない顔をしているかもしれない。

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