好きな人に可愛いと思われたいと願うのは女に生まれた以上永遠の課題なのかもしれない。例えその人と想いが通じたとしても、それが好きであればあるほどできるだけ長くそばにいられるように女はいつだって着飾るし鬱陶しいと思われようと想いを伝え続けるのだろう。少なくとも私は、そうだ。

そして恋の病を絶賛患い中、好きな人が彼氏となって発熱すらしている私だけれど実際のところそうでもない。
縁下は、私をどう思っているのだろう。
好きと言ったとき、なんでもないことのように「俺もだよ」と彼は言ったけれど、だからといって大きく関係が変わることもない。かれこれ半年。一年の頃から、よく穴が開かなかったなと感心するほどそりゃあ縁下を見続けている。バレー部に戻ってからの彼はバレーに燃えている。そんな彼を好きになったのだからバレーを蔑ろにしてまで私に構ってほしいわけじゃない。そうじゃないけれど。
例えば髪型を変えて朝一番に見せても、他の男の話をしても彼はあの穏やかな笑みを浮かべるだけ。本当は私のことなんてどうでもいいんじゃないかと思えてくる。

「倦怠期なんじゃない?」

バイトの給料日だからと普段なら入れないようなお高いカフェで、友人がキャラメルラテを一滴残らず飲み干した。ストローと氷とグラスがぶつかる音。なんとなくその様子を見て、私達は背伸びをしすぎたのかもしれないなんて思ったりもして、それがなにも今私達がこの場にいることだけじゃなくて、もっと言うと私達と言うよりも私だけが背伸びをしているのだとも思う。

「最初っからこんなんだけどね」

宙を浮いた踵は今すぐにでも着地したがっているのに、それを無視して溶けきらない氷をストローでぐしゃぐしゃに掻き回す。溶けきらない氷はまるで私みたいで、縁下みたい。煮え切らない、私達。そんなことをぐるぐると考えた日を思い出した。


ならばいっそ縁下を解放してあげることこそが彼にとって一番なのではないかと気づくのは、認めたくないだけで簡単なことだった。切り出せないだけ。私がひっそりそんなことを決意していることなんて縁下は露知らず。そうして遂に恋人達の季節となる。
クリスマスには会えなかった。それこそが答えのような気がして、だけど認めたくない。しがみついたまま迎えたバレンタインは半ば義務的に訪れた。甲斐甲斐しくチョコなんて作ってみたりして縁下の部活が終わるのを校門前で待ってみたりする。私を見つけた縁下はみんなの輪から外れて当たり前のように隣を歩き出す。

「ごめんね、いきなり来て」
「なんで謝るんだよ」
「いや、みんなといたかったかなって」
「毎日飽きるくらいいるんだからたまにはいいよ」

穏やかに言葉を紡ぐ縁下に、寂しさを感じると同時にやはり安心するのも否めなくて。こんなんで別れようと思ってるなんて笑っちゃうくらい。笑っちゃうくらい、縁下が好き。それに気づいてしまったら最後。私の意思とは別に涙がボロボロと勝手に溢れてきた。

「え!?なに、どうしたの」

ぎょっとした縁下を見て、困らせたいわけではないのに。

「寂しいよ」
「え?」
「縁下が私のこと好きなのか、わかんないよ」

縁下は突然のことにおろおろしている。こんな面倒くさい女、きっと今に振られる。だけど自分から言い出すなんて、それほど酷なことなんてない。

「私ばっか縁下のこと好きみたいじゃん」

みたい、じゃなくてそうなのだろう。だけどそんなことも認めたくない。どれだけ私は子供なのだろう。泣きじゃくる私に困り果てた縁下は、どうしていいかわからないのか所在なさげに背中を叩いてくれた。

「……ごめん」

小さく呟いた言葉に首を横に振る。眉を下げた縁下に胸が痛んだ。それなのに喉は勝手に本音を吐き出していく。

「寂しかった」
「うん」
「なに考えてるかわかんないし」
「うん」
「もっと構ってください」
「……努力します」
「わかればよろしい」

ロマンもへったくれもなく、鞄から包装を取り出して縁下に差し出す。これじゃまるで褒美みたいだ。それでもいつもの穏やかな笑みで「ありがとう」と言った縁下に、その一言に、褒美を与えられたのは縁下なんかじゃなく私のほうだと思い知らされる。どう足掻いたって私のほうがずっと縁下を好きなのだと。

「えんのじだああ」
「あー、もう。泣くなよ」

呆れたようにハンカチを取り出してぐしゃぐしゃの顔を拭ってくれる縁下。好きな人に可愛く見られたいと願うくせに、どんなに情けない私でも愛想を尽かさないのは彼だけなのだろう。縁下の愛し方が少しだけわかってきた冬のこと。

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