それが毎年恒例になり特別がなくなった頃、その行事は意味を持たないのではないかと私は思う。それでもバレーで絆を繋ぐ二人に置いていかれないように疑問を抱きつつ甲斐甲斐しく乗っかっていたイベントに、今年は初めて逆らってみた。10年目にして、小さな反抗心。
教室まで来て「なまえちゃん今年も期待してるよ」とにこにことしている徹に罪悪感が押し寄せる。それでも今年は用意していないことを伝えると目を丸くした。

「そっかー。なまえちゃんも俺ら以外にあげたい人できちゃったのかな」

少しだけ寂しそうに笑った徹は、もうあどけない徹じゃなくて。こうして私達は高校を卒業してこのまま幼馴染み離れをしていくのかもしれない。徹と同じくらい私の笑顔は寂しさを称えていたかもしれないことを自覚したとき、これが成長の儀式なのだと思い知った。
心のしこりが切なさにまで膨れ上がるのを知りながら教室をあとにする。扉の前で張っていたのか、一が壁に背を凭れさせていた。私の、もう一人の幼馴染み。
当たり前のように並んで歩く帰り道は、いつもとは違う気まずさが漂っている。なにか言わなきゃ。でもなにを言う?一人で葛藤していると先に言葉を紡いだのは一だった。

「及川から聞いた」

朴訥に告げられた一言で私も全てを察した。大方彼は「今年はなまえちゃんからチョコ貰えないよー」と嘆いていたのかもしれない。特別ではなくなった行事も、当たり前になってしまった以上やはりないと違和感はあるのだろう。私達にとって、当たり前になるだけあってある意味特別で、だからこそ深刻な問題に発展しえる。

「男でもできたのか」

こちらを見ないまま訊ねた一の問いに首を横に振る。なにか明確な理由があったわけじゃない。ただ大人になる私達の当たり前を、こうして一つずつ壊していかなければならない、そんな気がしただけ。特に異性である私が率先して身を退かなければいけないのだと、そう思っただけ。それなのにこんなにも、苦しい。

「じゃあなんだよ」

鋭い視線を向けた一の言葉に、思ったことをそのまま返すのは気が退ける。答えあぐねていると、一は更に続けた。

「俺はなまえ以外から貰う気はねえ。今までもこれからもな」

幼馴染み離れを覚悟した。だけどそれは、一も同じようだ。だけど違うのは、その後進もうとしている関係へのビジョンだった。全く考えていなかったことを提示された気がして言葉を詰まらせる。

「お前は、どう思ってんだよ」

いつもなら三人でいても、二人が話しているのを傍らで聞いているだけの私だ。それなのに今日だけは沈黙を許してはくれない。
例えば幼い頃「一ちゃんと結婚する」なんて言うと頬を膨らませた徹のことを思い出す。記憶はそのまま連なって、今度は「徹は優しいね」と言うと不機嫌になる一が頭を過った。今となってはそのどちらも笑い話なのかもしれない。今の二人にはそうかもしれない。だけど三人で共に歩いてきたのだ。そこまで考えて、一番幼馴染み離れができていないのは私なのだと気づいてしまった。

「昔さ、一と結婚するって言ったら徹が怒ったの覚えてる?」
「あ?んなこと忘れた」
「じゃあ徹に優しいねって言ったら一が怒ったのも?」
「それは覚えてる」

ムッとしながらも、僅かに頬を染めた一の横顔は確かに青年になっていたけれどあの頃とは変わりないように思えてくる。今の関係を、どのみち壊さなければいけない日が来る。バレンタインをたった一度エスケープしただけで勝手に苦しんでいる自業自得な私が、しがみつかずにこのまま大人になれるだろうか。そう思った。
負けず嫌いで、だけど徹は昔から優しい男の子で。だからきっと応援してくれるはずだと、頭の片隅ではわかっているのだ。だから、気がかりは徹だと、そうやって言い訳するのもやめにしようと思った。

「徹、また怒るかなあ」
「知らねえよクソ川なんざ」
「拗ねたら宥めるの私なんだからね」

だけど徹は、きっとこうなることを知っていたのだと思う。私が離れていこうとするのも知っていたのだと思う。だからこそ今年は、いつもなら一と二人で来るくせに一人で来たのだと思う。全ての辻褄が合ったとき、徹もまた昔と変わらず優しい男の子のままなのだと頬が緩んでいく。

「帰ったら二人分チョコ作るね」
「お前は俺にだけやればいいんだよ」
「だめだよ、毎年恒例でしょ」

眉間に皺を寄せてご立腹の様子の一が昔のままで可愛くて笑いそうになったけれど、そんなことをしたら余計気分を害してしまうことも想像できたので代わりに。

「でも本命は一だけだよ」

幼馴染み離れなんてしなくたって、こういう関係の変わり方もある。そしてそうすればきっと、もう一人の穏やかな彼とも今後笑って過ごしていける。目を丸くした一が優しく笑った。その瞬間から私と一の幼馴染みは幕を下ろした。新しい関係が始まる。

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