影山くんの生活には恋愛という思春期男子にはある意味健全な感情は付け入る隙はないのではないかと愕然と肩を落とす。最初から負け戦、普段なら丸腰な私にも一年に一度の転機が巡ってきた。イベントにかこつけて想いは伝わらなくてもせめてチョコだけでも、と勇み足で挑む2月14日。
どうにか渡すタイミングを伺うも、彼は今日がなんの日か知らないのではと思うほどいつも通りだ。いつも通り、隙がない。
臆病風を吹かせてみたりもしたけれど、謎の自信が私を駆り立てていた。みょうじなまえはチョコレートを装備した。レベルが1上がった。と頭の中で誰かもよくわからないアナウンスが鳴る。それにしても相手はラスボス並に隙がない影山くんだ。だからといって挑まないのは女が廃る。レベル1の勇者はチョコレートと振り切れたテンションという僅かな武器を装備してくだんのラスボス、影山くんに挑んだ。レベル1だろうと玉砕覚悟の女ほど強いものはないのかもしれない。

「影山くん!!」

すたすたと歩いていくすらりとした背中を呼び止める。早く部活に行きたくて仕方のない様子の影山くんは不機嫌そうに振り向いた。その形相に一瞬怯むけれど、私はなんのために今日一日精神を擦りきらせたのだと逆ギレにも近い感情を抱いてからは早かった。

「これ、もらってください」

差し出した包装を見て、影山くんは不思議そうに首を傾げた。いきなりよく話したこともない女からチョコを貰って驚いたのかもしれない。彼の様子を伺っていると、とんでもないことを彼は口走った。

「……俺、今日誕生日じゃねえけど」

嘘だ、本当に年頃の男子かと思うほどの天然っぷりに肩から力が抜けていく。今日がなんの日か知らなそうだとは思っていたけれど、まさか本当に知らなかったとは思わなかったしチョコを渡されたらさすがに気づくかと思ったのに。ラスボスは奇跡の純粋ボーイだった。私では太刀打ちできそうにないけれどここまで来てやっぱりいいです、なんて言えるはずもない。もうあとには退けないのだと腹を括った。

「今日、バレンタインだから」

答えはさっきのでもう出ているようなものだ。彼の頭の中にはバレンタインデーすら記憶されないくらい恋愛はどうでもよくてバレーだけに青春を注いでる。そんな影山くんの純粋な青春の一ページの片隅にすら私は残らないだろう。もう怖いものはない。そう思っていたくせに私の声は震えていた。なのに。

「おー、わりい。部活帰りに食う」

それだけ言って、ふらっと歩を進めた影山くん。ちょっと待って今彼とんでもないこと言わなかった?このまま彼を部活へ送り出すわけにもいかず、長い脚でさっさと歩く影山くんの隣に並んで歩く。

「……一応聞くけど帰りはお一人?」
「あ?日向とか先輩一緒だけど」
「絶対家帰ってから食べてね?人前で開けちゃだめだよ?」
「ああ?よくわかんねえけどわかった」

本当にわかったんだろうか、と心配になるけれど純粋な彼のことだ。男子同士影でバカにしながら開けっ広げにする人ではないだろう。今日初めて彼の純粋さに感謝しながら、部室棟へと消えていく後ろ姿を見送った。それにしてもバレンタインというデリケートな日に、部活帰りにおもむろに可愛らしいチョコを食べだしたら貰えなかった人がどう思うか。やはり彼の純粋さはある意味罪深いかもしれないと思いつつ、そんなまっすぐな彼のことを好きになった私の青春はこれからなのだと思い知る。
拒絶はされなかった、まだ彼のことをひっそり想うことはどうやら許されるらしい。今はまだそれでもいい気がした。レベル1の勇者はチョコレートを失った代わりに覚悟を装備した。

back


- ナノ -