こっくりこっくり船を漕ぎ出す数学の時間。今日の彼はよく耐えた方だと思う。シャープペンシル片手に完全に俯いてしまった真ん丸の頭。俯いたことで露になったうなじと、いつもはそれを隠してくれているさらりとした髪。
落ちそう、と眺めていると一度がくりとした頭。それに釣られて一度は目が覚めたらしい。授業がまだ終わりそうにないことを確認するとそのまま腕の中に頭を押し込んで本格的に眠る体勢を取った。制服越しに浮き出る肩甲骨からなにからなにまで整っているなあ、なんて惚れ惚れしているのを当の本人は知る由もなくすやすやと眠りこけている。

国見とはよく話す方だと思う。というより元々、彼は人と少し距離を置くタイプの人間だ。それでも孤立しているわけでもなくて、なんとなく放っておけない人。世間から1センチだけ外れて周りを見ているような不思議な空気感が漂っている。折角かわいい顔しているのに勿体ないなあとは思うけれど、それはそれで彼の魅力だと思う。現にこうして目で追っている自分がいる。

終業のチャイムと共にお目覚めの国見がぼうっとしているのが斜め後ろからも見て取れる。先生が教室から出ていったのを見計らって国見の後頭部に消ゴムを投げつけると迷うことなく私の方を振り向いた。

「なに」

普段から眠そうだけど寝起きで不機嫌そうな目がこちらを向く。世間から1センチずれているけれど達観しているわけでもなくて意外と子供っぽいところもあるから彼はわかりづらい。漏れる苦笑を隠すことなくそのままノートを手渡すと表情も変えないまま受け取るきれいな手。

「私久しぶりに購買のメロンパン食べたいなあ」
「俺に買ってこいって言ってんの?」

私の席まで椅子を引っ張ってきてシャープペンシルを走らせる。繊細な指先と伏せられた長い睫毛を眺めていると嫌そうに顔を上げられたので思わず肩を揺らしてしまった。ぼうっとしている様に見えて意外と冷静だし鋭い彼は、さすがに視線に耐えかねたのだろう。

「見すぎ」
「ごめん、つい」

こんなにかわいい顔をしているのに意外と言うことはきつめ。いちいちギャップしかないから彼から目が離せなくなる。そうやって一つ一つ国見を知っていく。そんなのも今日で終わり。

「このあと席替えだね」

呟くも返事はない。そもそも最初から求めてない。それなのに口をついて出たのは、やっぱり寂しいと思ったからだ。

国見と席が離れていたときは別になんとも思っていなかった。覇気のないクラスメート、女子ともそんなに話さないから国見と関わることなんて一生ないと思っていた。
だけど斜め後ろから見る彼の所作や、顔立ちに似合わない意外と男らしい体つき、そういうのを見ているうちに国見への関心が高まってしまった。やっと話せるようになったのに、と残念に思う。席替えして、離れてしまってもまた国見と話せるだろうか。同じクラスといえど、それがなんだか難しく思えて仕方ない。

「俺今の席気に入ってんだけどな」
「そうなの?窓際とか超好きそうなのに」
「窓開けろとか閉めろとか言われるのうざいから別に好きじゃない」

国見は窓際が好きじゃない、また一つ知る国見の情報。なんで今の席気に入ってるんだろう。素朴な疑問が浮かぶ。

「今の席のなにがいいの?私が斜め後ろだから?」
「前から思ってたけどみょうじってキモいよね」
「やめてその陰口みたいなテンション」

普通に傷つくわ、と思いながらもなんとなく打ち解けている気がして嬉しくも思う。だからといって涼しい顔して女子にキモいとか言うのはいただけない。

「私だからいいけど他の子に言っちゃダメだよ」
「お前がキモいから言ってるんだけど」
「ひどい、私は国見のこと世界で一番かっこいいと思ってるのに」

こういうくだらない戯れ合いができるほどには仲良くなれたのに、なんだってこのタイミングで席替えする気になったんだ担任め。心の中でひっそり恨み言を吐いていると、相も変わらず覇気のない国見の目線が私を捉える。さすがにこういう冗談は嫌いだったか、と反省するも耳を疑う言葉が飛んでくる。

「知ってるし。お前いっつも俺のこと見すぎ」

なんてことないように言った国見の言葉に思わず固まる。斜め後ろだからと高を括っていたけれどバレていたか。国見は背中に目がついているのだろうか、なんて見当違いなことを考えていると更に国見が続ける。

「次は俺の隣の方がいいんじゃない?俺もガン見されなくて済むし」

なんてことを言ってくれるんだこの男。涼しい顔して暴言だけでなくこの殺し文句。照れすぎて本当は今すぐにでもキャーとか叫びだしそうだけれど国見がそういう女を好かないことはわかっているからここは努めて冷静に。そしてほんの少しの期待を込めて聞いてみる。

「もしかして今デレた?」
「お前キモいからやっぱり隣やだ」
「もうやだ国見にノート貸さない」
「へえ、明日メロンパン買ってやろうと思ったんだけどいらないんだ」
「席離れても貸させていただきます」

いつもは表情を変えない国見が薄く笑った。手玉に取られているのは私なのにちっとも嫌なんかじゃない。寧ろ本望、だって席が離れても話せる気がしている。

「国見も私の隣になれるようにちゃんとお祈りしてよ」
「俺はやだって言ってんじゃん」
「なに言ってんの言い出しっぺでしょ」

願わくは隣の席、今日の運勢は何位だったか思い出す。自分のくじ運を信じることにした休み時間がもう少しで終わるけれど、もし離れたとしても国見と話せるなら俄然強気になる。さっきまで憂鬱だったHRを楽しみにしてしまうのも、無駄に高まる心臓も国見のせいだから責任取ってよなんて思っても言えないから、やっぱりもう少し国見と仲良くなったら言ってやろうと思う。

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