ある夏休みの前。

みょうじなまえは悩んでいた。最近隣の席のもにたんこと茂庭要は元気がなく、なにか浮かない様子である。それは部活を引退してからのことだった。原因はなにかと聞くが、茂庭とてそう易々と弱音を吐く男ではないためはぐらかされてしまう。同じくバレー部だった笹谷に聞いても「男心は複雑なんだよ」と難しいことを言われ、鎌先もなにか知っている風ではあるが「俺みたいに気になるなら部活に顔出せばいいのによ」と明言はしてくれない。しかし彼女なりに考える。やはり部活を引退してもにたんは寂しいに違いないと。鎌先が言うように、後輩が気になるのなら鎌先のように多少うざがられても顔を出せばいいものの真っ直ぐな鎌先とは違い茂庭にも茂庭なりの決意があるのだろう。だからといって茂庭を支配する寂寥は消えてはくれず、どうしたらもにたんが元気になるかをなまえは考えた。もしこのまま夏休みを迎えようものなら夏休みの間にもにたんがおかしくなってしまうかもしれない。しかし彼女は考えるより先に体が動くような子である。一人で考えても埒が明かないので難しい顔をしながら向かった先は2年A組であった。

「あ、青根たんだ〜元気ー?」

名前順のためか前の方の席にいた青根は、なまえの突然の来訪に驚きつつも条件反射で拳を突き出す。なまえ=ヤーマンという方程式が彼の中では出来上がっているらしい。彼もなかなかに飲み込みの早い男である。

「うわ、みょうじさんじゃないですか。青根に絡まないでくださいよ」

その様子を見て二口もおもしろがってやって来る。バレー部の現主将である二口と、あまりの素直さにある意味で茂庭が手を焼いていた青根がいるためノコノコやって来たなまえは、二口の嫌味も早々に切り上げ早速二人に相談を持ちかけた。

「ってわけでもにたんどうにかしてよ〜」

かくかくしかじか、事情をかいつまんで話すなまえ。彼女には男心がわからぬ。笹谷も鎌先も教えてくれないためお手上げ状態だったので二人に相談したものの、彼らとて先輩の心持ちを汲んで下手なことは言えないのである。

「俺らは託された側なんでなんとも言えないっすけど〜」

なるほど事情はわかったが、自分達を想って部を明け渡した先輩に「部活に来てください」とはとてもじゃないが言えない。しかし二口にまで突き放されてたまるかと言わんばかりになまえは声を荒げる。

「でもこのまんまじゃもにたんおかしくなる!夏休み中グレたらどうすんの!?」
「茂庭さんに限ってそれはないっすね、みょうじさんじゃあるまいし」
「わかんないじゃん!夏休みは人をおかしくするんだからね!?」
「あーなるほど、年がら年中おかしいみょうじさんが言うと説得力ありますね〜」
「ちゃんと聞いてよ〜!!」

彼女としては深刻な悩みなのにいつも通りはぐらかされ、遂には涙目である。さすがにあんまりだと思ったのか青根は視線で二口を咎めた。普段は温厚な青根がこうして怒ることは珍しいので、やりすぎたかとほんの少しだけ反省した二口は、えぐえぐと泣き出した彼女に言葉を選びつつたしなめる。

「でも俺らじゃどうしようもないんすよ本当に。こればっかりはまじで無理です」

二人とて世話になっている先輩のためなら何とかしてやりたいのは山々なのだが事実その問題には首を突っ込めないので諭す他ない。それでも納得しない様子のなまえは不服そうに唇を尖らせる。

「もにたん大丈夫かな」

ぽつりと呟いた一言に、二口も神妙な気持ちになってくる。普段しっかりしている分、自分達のことで頭を悩ませる姿は見たことがあっても元気のない茂庭は見たことがない。真面目に三年間励んだ彼のことだからきっとその分空虚感に苛まれているに違いない。部活に来てほしいなどと差し出がましいことは言えないが別のことでどうにかできないだろうか。青根と二口、そしてなまえの間に深刻な空気が立ち込める。

「ねえどうしてもダメ?もにたん絶対バレーやりたいんだよ」
「だーから、俺らのこと想って引退した人に俺らが言えるわけないじゃないですか。来てほしいのは山々ですけど」
「あたしが言えばいいのかな〜……」
「茂庭さん意思固いから無理じゃないですか?」
「でももにたん優しいよ?」
「それは知ってますけど」

茂庭がどれほど優しいかなど二口とて重々承知している。自分達がいくら世話になったかと思っているのか。だが彼の真っ直ぐな意思も知っている。茂庭になんとか部活に行ってほしいなまえを諭すよう、二口は続ける。

「いくら茂庭さんが俺らとみょうじさんの世話焼けるほど優しくてもあの人はそんな簡単に意思が揺らぐような人じゃないんすよ」
「わかってるけど〜!!」
「大体みょうじさんが言って部活来られても俺ら立場ないんすけど。俺らだって引退のとき泣きついたんすよ」
「でもこういうのって関係ないあたしが言うからこそキャッカンテキでいいんじゃないの」
「こういうのに客観性とかいらないんで、つーかなんで片言なんすか」

しかしそこで食い下がるなまえではない。でもでもだってを繰り返し、その度二口に倍で返される。なんとか二口の正論に抜け道はないかとつついてみるも、二口も気の長い方ではないためお互い語気が強くなってきてしまった。

「でももにたんあたしの話は聞いてくれるもん」
「そんなん俺らだって引退の話以外は聞いてもらってましたよ」
「だってもにたん優しいもん」
「そんなん俺らの方が知ってます」
「あたしの方が知ってるもん」

そこから何故か「如何に茂庭が優しいか」についてのエピソード自慢になりヒートアップしていく二人。もう話がすり変わってしまっていることに当の二人は気づいていない。言い合いをする二人を見て止めたいのだが、如何せんなまえは女子であるため鎌先のように力で引き剥がすのは憚られる。自分ではどうすることもできないと判断した青根は茂庭を呼びに3年C組に赴いた。




「こらお前達!なにやってんだ」

途方に暮れた青根の話を聞くなりすぐに2年A組まで駆けつけた茂庭を見て肩を揺らす二人。怒られる、と身を縮こまらせる二人だが、ここに来るまでに茂庭も青根から事情は聞いているため怒るに怒れないらしい。

「とにかく、俺は大丈夫だから。俺のことで言い合いすんな」

茂庭も自分で言っておいて小恥ずかしいが事実であるため他に言いようがない。それと自分のことで心配をしてくれた礼を忘れずに言うと、なまえの首根っこを掴み強制的に3年の教室まで連れ戻した。

「ったく、なんでお前らすぐ言い合いするかな」

もにたん痛いーあたし歩けるってばー、と茂庭にしては少々荒い連れ出し方ではあるが、茂庭に首根っこを掴まれ後ろ向きに引きずられているなまえは茂庭が照れで頬を赤らめているのを知らないのであった。

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