この日、伊達工業高校に学校見学で中学生が訪れた。当然「中学生に悪影響だから」と生徒指導室にぶち込まれたなまえは追分先生の監視の下お勉強である。「あたしも中学生とお話したい〜」と駄々を捏ねるなまえを視線で黙らせる追分先生の迫力にも動じないため一向にプリントは埋まらない。

「ねえねえ、中学生今なにやってんの?」

一問睨んではまた休憩を繰り返し、頻りに中学生の様子を気にするなまえ。「いいから問題を解け」と何度も注意されるが集中力を完全に切らせてしまったようだ。毎年学校見学の際はこうして隔離されるなまえだが毎年懲りない奴である。

「お前ももう少し普通にしていればな」

と苦言を呈する追分先生と、ブーブー文句を垂れるなまえの元に、ふと来訪者がやって来る。

生徒指導室の戸をノックする音に返事した追分先生。その声に続いて入ってきたのは、なまえの出身中学の生徒指導部の先生であった。

「あっ!よっちゃん先生だ!!」

それを見るなりパアッと表情を変えるなまえ。追分先生もなかなかに強面ではあるが、そのよっちゃん先生とやらも体格が良く、眼鏡の奥にはギロリと鋭い眼光。とてもじゃないが“よっちゃん”というあだ名が似つかわしくない先生である。しかしなまえの姿を確認するなり、よっちゃん先生の鋭い瞳から力が抜けていく。

「お前は相変わらずだな」

キャーキャー喜んでいる彼女はさておいて、よっちゃん先生は中学を卒業し高校生になったなまえのことを心配しこうして訪ねてきたようだ。今現在彼女を指導している追分先生と挨拶を交わししばし雑談している。

「みょうじがご迷惑おかけしてませんか」

それにはさすがに言葉を詰まらせる追分先生だったが、無言を肯定と捉えたよっちゃん先生は小さく溜め息を吐いた。どうやら彼女の素行があまりよろしくないのは中学かららしい。

「でもでも、あたしと拓ちゃん仲良いから安心して!」

取って付けたように話に入ってくる彼女だったが、そもそも生徒指導室に入り浸っている時点で問題は大有りである。生徒指導部の血が騒いだよっちゃん先生は、追分先生の前ではあるがさすがに苦言を呈した。

「どうしてお前はそうなんだ、やればできる子だろ」
「やればできるんだからいいじゃーん。いつもかわいくしてたいの!」
「修学旅行も受験も卒業式もちゃんとできただろ」
「やるときはやるのー、本気出せばちゃんとできるし」
「いつもやらなきゃ意味がないんだよ」

ああでもないこうでもない、ああ言えばこう言う、を繰り返す二人の攻防に口を挟めない追分先生はとりあえずよっちゃん先生にお茶をお出しする。ヒートアップしていたよっちゃん先生は追分先生から頂いた熱いお茶で舌を火傷しながらも捲し立てている。結局埒が明かないまま学校見学は終了となりなまえも晴れて自由の身となった。残された追分先生とよっちゃん先生は二人、静かになった生徒指導室でぽつりぽつりと会話を紡いでいく。二人ともあまり口が過ぎる方ではないためどうにも会話がぎこちない。

「高校生になって随分拍車がかかったようですね」

途切れた会話を繕うように、よっちゃん先生がなまえの話を持ち出す。中学時代の彼女を知るよっちゃん先生としては、更に派手になった彼女を思い出し苦笑いを浮かべた。しかし追分先生は高校生になったなまえしか知らないのである。

「みょうじはいつからああなんですか」

何度言っても直しやしない身だしなみは一体いつからなのだろう、と純粋に気になった追分先生はよっちゃん先生に尋ねる。よっちゃん先生は少しだけ寂しげな笑みを浮かべ、そこからなまえの過去を話し出した。


彼女がああなったのは、中学二年生のときのことであった。それまでは陸上一筋で、絵に描いたようなスポーツ女子であったなまえ。男前な性格をしていた彼女だったので誰とも仲良くなることができたが、黒髪で男子のようなショートカットをしていたためおしゃれとは無縁であった。そんな彼女にある日転機が訪れる。
中学二年のクラス替えで、彼女の隣の席はクラスの派手グループに属する女子になった。毎日毎日かわいくしてくるその隣の女子に興味を示したなまえは徐々におしゃれに興味が沸いてきたらしい。年頃の女子としては至極当然なことではあるが、如何せん根はスポーツ少女、妥協は許さない彼女である。その興味が暴発し、ストイックな性格が間違った方向に向いてしまったなまえはある日突然ド派手な格好で登校してきた。
当然生徒指導室に連れていかれた彼女に、陸上部顧問のおばちゃん先生はおめおめと泣いた。

「どうしてそんな格好してきたの、あんなに部活が好きだったじゃない」
「なんでちょっと女の子っぽくしただけでみんなそうやって言うの!?偏見じゃん!あたしなんも変わってないのに!」

泣きつく顧問に誘発されたのかなまえも泣き出す大惨事。ちなみに彼女は「ちょっと女の子っぽくしただけ」と言い張るが全然ちょっとどころではないのである。おまけに中学生のお小遣いで一気に化粧品を揃えたため一つ一つが安物である、涙で折角のお化粧もでろでろに溶けてしまっているためあまりにも見苦しい状態。顧問のおばちゃん先生も我を忘れて泣くものだからよっちゃん先生はこのときのことを「まるで地獄絵図のようだった」と語る。

「それで、どうしたんですか」

黙って聞いていただけの追分先生がさすがに口を挟む。今後彼女の指導改善のためでもあるため真剣に聞いているのだろう。追分先生の質問によっちゃん先生は強面を破顔させた。まるで悟りを開いた菩薩の笑みであった。

「『大会で一位取ったら文句ないでしょ』と言われ飲みました。そしたら本当にあの子一位取るもんだから」

それ以上はどうやら言えなかったらしい、皆まで言わずとも追分先生は悟った。
なまえ達の代には、陸上短距離女子に不動のトップスプリンターがいた。彼女は今も高校女子で全国でもトップを張っている。その彼女にもどうしても勝てない人がかつていた。それが当時、化粧をやめたくなくて奮起したなまえである。それまでは彼女にどうしても勝てなかったなまえが、その後どの大会でも一位を取った。惜しまれながらも引退した彼女はその後伊達工業高校へ、そして「陸上は中学でがんばったから高校はもっと遊ぼ〜」となんともゆるすぎる理由で今現在に至る。


「根はとってもいい子なんです、ちょっと派手なだけで」

遠い目をしながら言うよっちゃん先生の言葉を追分先生は身をもって知っているためなにも言えずじまいである。彼女の派手さは全然ちょっとではないがもうそう言う他ないこともわかっているため、追分先生にしては珍しく諦めモードで「明日からどう注意しようか」と頭を抱えた。やればできる、本気出す、を本当にやってしまう彼女の性格をどうにか活かせないかと考えたところで。


「という夢を見たんだが」
「なにそれ〜、拓ちゃんあたしの夢見るとかあたしのこと好きすぎじゃん?で、あたし中学生と喋りたい!」
「化粧落としてきたらな」
「それは無理〜」


そして今まさに中学生の学校見学会、生徒指導室に監禁中のなまえは反省など全くしていない様子である。追分先生が見たのはただの夢かはたまた正夢か。それはなまえのみぞ知ることである。

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