大地の陽番外編 | ナノ
「渋滞続くね」
「張り切って玩具を大量に買うから遅くなって巻き込まれたのよ、バカ兄貴」
「‥‥‥ホント容赦ねぇな。そう言うお前だって服ばっかり大量に買ってるだろ」
「あら、服は困らないじゃない。大体私は昨日買ったのよ?今日になって突然寄り道したのはお兄ちゃんだけど」
「あはは。二人とも喧嘩しないでよ」
ハンドルを握る天真と隣に座る蘭がぎゃあぎゃあと言い争う。
その当たり前の光景を詩紋は苦笑しながら宥めた。
「もうすぐ着くんだからね」
かれこれ半年振りの、とある家族との再会に胸を弾ませながら、詩紋は車窓に流れる景色を眺めていた。
嵐山は紅と橙に染まり、半年前の緑とはすっかりの衣替えを呈している。
紅葉の秋。
窓越しに差し掛かる陽は、暖かい。
暖秋の陽
「泰明さん、ゆきちゃんは起きた?」
「まだ寝ている」
「そっかぁ。んー、もうすぐ来るんだけどな」
「案ずる事はない。もう起きるだろう」
「‥‥‥別に案じてはいないけどね」
口癖とも言える泰明の淡々とした物言いに、あかねはクスクス笑う。
泰明は一見表情を変えない。
が、その眼がほんの少しだけ危険な色を宿したのを、あかねは目敏く見つけた。
「‥‥‥そうだった!掃除そうじ!」
このまま此処に居れば夫に捕まり時間を取られてしまう。
普段ならその胸で甘えるのだが、今はそれどころじゃない。
とパタパタと走り片付け始めたあかねを横目で眺めて、泰明は僅かに笑んだ。テーブルの上に散っている雑誌の類を片付け始める。
几帳面な泰明の方が、あかねよりずっと手際よく片付けられる。
ただ、普段はあかねが怒るから手出しをしないのだが、今日は来客の予定だから話は別。
ダイニングの床にはゆきの玩具が散乱していた。
汚い、という印象は与えないし、どうせすぐに散らかすだろう。
だがあかねとしては、最初ぐらい片付いた部屋を見せたい筈。
そう思って懐から白い紙を取り出した。
「‥‥‥泰明さん、式に掃除なんかさせないでね」
「?早く片付くだろう」
「ダメ!!もう、ゆきちゃんが起きたらびっくりして泣くでしょう?」
「そうか。ゆきなら寧ろ喜びそうな気がするが」
「もう!いくら泰明さんの姿でも、二人も三人もいれば怖いのよ?
‥‥‥って!いやぁ!!カーテン吸わないでぇ!!」
スイッチを切り忘れた掃除機は、見事にカーテンの端を吸い込んでいた。
「‥‥‥何をしている」
慌ててカーテンを引っ張るあかねの背後から掃除機のスイッチを切る、靭で綺麗な指先。
一瞬見惚れたあかねの背を抱き寄せると、泰明は言った。
「‥‥‥お前を見て居ると飽きない。私の予想をいつも覆す」
「それって褒めてるの?」
「無論。褒め言葉のつもりだが」
「ふふっ。ちっともそうは聞こえませ〜ん」
言葉で否定しながらあかねは向きを変え、正面から泰明に抱き付く。
強く抱き留められれば、泰明の腕と匂いで一杯になった。
「‥‥‥愛してる」
「ああ、愛してる。あかね」
二人は唇を寄せる。
「ゆきもあいちてるー!!」
「!ゆきちゃん?お、おはよう!」
「おはよ」
眠そうに眼を擦りながらダイニングの入り口に立つゆきの声に、口接けは邪魔された。
気付いているのかいないのか。
三歳と少し経った幼女は両親の仲良しな姿を見て、にっこりと笑った。
「よっ!元気してたか?」
「―――!!てんま!!」
ゆきに取っては突然の、嬉しい来客。
ぱぁっと顔を輝かせて走ると、天真に飛び付いた。
「良い子にしてたか?ゆき」
「うん!ゆきはいいこ!てんまもいいこ?」
当たり前だ!と言って頭をわしわしと撫でる天真に、ニコニコ笑う。
そして小さな眼は背後にいる人物を認めると、更に歓声を上げた。
「らんちゃん!!ちもんくん!!」
「久し振りね、ゆき」
「ゆきちゃん、元気だった?」
「‥‥‥俺はもういいのかよ」
がっかりしている天真の横を擦り抜けて、彼の妹にぎゅっと抱き付いた。
「ゆき、こんにちは」
「らんちゃん、こんにちは!」
「凄い!挨拶が上手じゃない!偉い偉い」
抱擁を解き、互いに眼を合わせてにっこり笑う。
歳の離れた仲良い姉妹を彷彿させるような、笑顔。
そしてゆきは詩紋に眼を向けた。
「ちもんくん」
「ゆきちゃん、こんにちは」
「うん!‥‥‥こんにちは」
先の兄妹とは違い、もじもじしながら詩紋の広げた腕に移動する。
「ボク、怖がられてるのかなぁ‥‥‥?」
そっとゆきの頭を撫でながら自信なく肩を落とす詩紋を見て、ゆきの背後で天真と泰明と再会を喜んでいたあかねが笑った。
「違うよ詩紋くん!むしろ逆だよ」
「逆?」
「詩紋くんはねぇ、ゆきちゃんの王子様なんだよ」
「えっ?そうなの?‥‥‥嬉しいな」
はにかむゆきの頭を撫でる手が一層優しくなる。
笑みも、深くなる。
そんな詩紋に、蘭がおどけて言った。
「そうそう。詩紋が怖がられる訳ないじゃない。お兄ちゃんじゃないんだから」
「‥‥‥なんで俺と比較するんだよ」
「だって強面じゃない」
「お前なぁー‥‥‥仮にも俺は兄貴だぞ?」
「だって強面じゃん、コワもて」
「なにをっ!?」
またぎゃあぎゃあと仲睦まじく言い合いを始める兄妹を、今度は詩紋ですら止めなかった。
それよりも、何だか視線が突き刺さる。
その方向を向くと険しい眼が居抜く様に、詩紋に突き刺さっていた。
「‥‥‥娘はやらんぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥気が早いよ、泰明さん」
あかねのぼそっとした呟きに、ゆき以外の全員が頷いた。
‥‥‥お陰で兄妹喧嘩はすっかり終わったが。
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