大地の陽番外編 | ナノ






「ただいま」



鍵を開けドアを開くとそこは弁慶の聖域。

いつも、玄関の柔らかな光を受けそれに負けない、満面の笑顔が「おかえりなさい!」と待ち受けてくれている。



‥‥筈だが。



今日は明るい空間に、肝心の新妻の姿がない。



「‥‥ゆき?」



買い物に行ったのか?
いや、会社を出る時に電話したから、帰宅時間を想定して家を出ない筈。

きちんと揃えられた靴が、妻の在宅を裏付けていた。


だとしたら、思い当たるのはひとつしかない。

靴を脱いだ弁慶は少し笑うと悪戯っぽく眼を煌めかせ、足を忍ばせた。

目的地は広めの浴室。



「‥‥ベ〜ル ジングルベ〜ル♪すっずっが〜なる〜♪」



脱衣所の扉を開ければ、少し調子はずれな歌が澄んだ声で紡がれていた。



「今のは確かクリスマスの歌でしたね」



こちらに来てから得た知識を思い出し、一人ごちて笑う。



それから気配を殺して脱衣所に忍んだ。

京で陰陽道の修行をしていた彼の愛妻は、人の気に敏感だから。
もっとも、何かに集中している時は別だけど。



ふぅ、と肩の力を抜いた弁慶の息遣いの音にも、気付かないらしい。

その事から、どうやらゆきは今、シャワーと歌に集中しているのだと分かった。






ドアから漏れる、光に映し出される柔らかい全身の輪郭。


聞こえるのは、愛しいゆきの楽しそうな歌。






‥‥‥仕事の疲れは簡単に消えた。

代わりに中途半端な悪戯心だったものが、むくむくと育ち始める。



ジャケットを皺にならぬ様籠に掛けて。
シュルリと音を立て、ネクタイを解く。



「‥‥‥ふふっ。愛する奥さんは、どんな可愛い姿で出迎えてくれるんでしょうね」



手早くシャツのボタンを外しながら、弁慶は幸せそうに笑った。













扉の向こうには

暖まった身体と、暖かい笑顔の




聖域







   
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