大地の陽番外編 | ナノ
陽射しが濡れ縁に、夏の熱を届ける。
汗を掻いたので脱いだ外套は、洗濯好きな軍奉行に拉致された。
乾くのを待つ、ついで。
濡れ縁の柱に凭れて、読書に勤しんでいた弁慶の手元に、影が差す。
ふと顔を上げればこちらを見下ろす恋人。
微笑と共に隣を示すと、ゆきは嬉しそうに腰掛けた。
‥‥‥飛び跳ねる兎のように。
「僕に‥‥‥ですか、ゆき?」
「はい!弁慶さんに!」
にこにこと効果音の鳴りそうな満面の笑顔。
今にも、周りに星が発生しそうな、期待に満ちた眼。
まるでご馳走を前にした子犬みたいだと、弁慶は密かに笑う。
口元に緩やかな笑みを浮かべて、ゆきが手に持つ物体に視線を落とした。
記憶に真新しいどころか、毎日お目にかかる物。
そして持ち主が、目の前で笑うゆきで無い事は、周知の事実だった。
「‥‥‥僕の記憶が確かなら、これは譲くんの物だと思いますが」
「はい、有川くんに無理言って借りて来ました」
まるで、大きな使命を果たした様に誇らしげなゆき。
「譲くんに、ですか‥‥‥」
対照的に弁慶の眉間には皺が寄せられて行く。
「弁慶さんにかけて欲しくって。きっと似合うだろうなあって思ったら‥‥‥どうしても見たくなったから‥‥‥」
けれども。
全く気付いていないのか、自分の言葉の途中で恥ずかしそうに頬を染める。
そんなゆきを前にしては、渋面を続けるのが不可能だった。
「‥‥‥もっと色んな弁慶さんを知りたい、とか思って‥‥」
ゆきが譲に頼み込んでまでして、彼の眼鏡を借りて来た。
「けれど眼鏡がなければ、譲くんも困るでしょう?」
眼鏡がなければ視界が不明瞭だと言っていた譲。
その彼が貸したのだ。
『頼み込んだ』ゆきの迫力は、相当だったに違いない。
「だって‥‥」
「そんなに見たいのですか?」
「見たいですっ!!そりゃもう思いっきり!!」
零れんばかりに喜色を浮かべる。
他でもないゆきがそんなに望むなら、何でも聞いてしまいたくなる。
‥‥‥なんて、つくづく甘いと思うけれども。
「仕方ないですね。一回だけですよ?」
「‥‥‥嬉しいっ。ありがとうございます!」
苦笑しながら立ち上がると、弁慶は彼女の手に、手を伸ばした。
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