大地の陽番外編 | ナノ


 
 



「‥‥‥結局、お祝い出来なかったな」


頃は既に夜。
夜具に入るも眠れずに、ゆきはごろごろと寝返りを打った。


「おめでとうは言えたけど、な」


小さな独り言はゆきだけが聞いていた。


そう、確かに夕食の席で「おめでとう」と言えた。

但しその場には皆が居て、全員からの祝辞に混じっていた。
そして、譲がいつもよりもずっと腕を振るった豪勢な料理を前にして。





突然の祝い事に当の彼‥‥‥弁慶は、一瞬眼を見張らせ、そして嬉しそうに「ありがとうございます」と言っていた。

そういう意味では、ちゃんと祝えただろう。




(でも、それじゃ足りないよね)


「‥‥‥ダメだ、眠れそうにないや」


とうとう眠る事を諦めて、ゆきは衣桁に掛けられた羽織に手を伸ばす。
淡い桃色のそれは柔らかい色彩と、厚めの織から気に入っていた。




部屋を出る。




「‥‥‥さ、寒いっ」


夜具で温もっていた身体を急速に冷ます、寒風。

身を縮こませて踵を返し部屋に戻るつもりだった。




‥‥‥けれど、視界の隅に月光を受けて一瞬だけ輝くものが見えて、ゆきは立ち止まる。


「弁慶さん‥‥‥?」



薄闇の中で、外套から僅かに零れたであろう一筋の髪が、月の光に煌めいた。



渡殿の奥、腰掛けているのは、間違いなく。



ゆきの、愛しいひと。




  







深々と降る雪は、いつしかやんでいた。



そっと部屋を滑り出して濡れ縁に腰掛けたのは、
‥‥‥月に誘われて、と言う事にしておこうか。


弁慶はひとり思い、小さく笑った。













真実、誘われたのは月などではなく
月に重ねた想いに、なのかも知れない。












一年の中で一番冷え込む時期。
もちろん弁慶は、外套を纏って出て来ている。

それでも冬の夜は寒く、外に座り続ければ芯から冷えてゆく。
けれど、部屋に戻り火鉢に暖を取ろうとは思わなかった。



「欲しいのはそんなものではないなんて、僕も随分と‥‥‥」



語尾は苦笑いと白い吐息に、消えて行った。










今宵の月は、雪で洗いたての様に輝いている。
柔らかく、仄かに橙の混じった黄色は、何処か暖かく感じた。

そう、それはまるで「彼女」の様に。










‥‥‥きしっと、床が軋む音がする。
同時に聞こえる声音は、夜更けだからだろうか。
いつもより押さえ気味だった。



「弁慶さん‥‥‥どうしたんですか?」



柔らかく、背後から降るゆきの声。
それだけで、暖かいと感じる。
‥‥‥それ程に自分は彼女を恋うているのだと、改めて自嘲の笑みが漏れる。

小さく笑ってから、弁慶は声の主を振り返った。



「君こそ、眠れないんですか?」

「‥‥最初に聞いたのは私なのに」



ゆきは頬を膨らませる。
けれど、微笑を浮かべたままの弁慶と眼が合うと、肩を竦めた。




そのままゆきは、弁慶の眼の合図を受け隣に座る。

‥‥‥微かに触れた右側に、熱を生じた。







夜着の上に、一枚の上掛けを羽織っただけの小さな肩はとても華奢で、寒そうに見えた。



「‥‥‥うっ。夜はやっぱり冷えるなあ」

「ええ、そうですね。けれど雪の冷たさが、身体の芯を強くするような‥‥‥そんな気がしませんか?」

「へぇ、弁慶さんって詩人ですね」



弁慶が答えると、からかう様にゆきが笑う。
クスクス笑う明るい声は暫く続くだろう。





いつまでも聞いていたいと思った。





けれど、ふと思い付いた悪戯があまりにも魅力的で‥‥‥‥‥実行に移さずにはいられない。



「そんな格好では風邪を引きますよ」

「‥‥‥えっ?うわあっ‥‥‥べ、べっ」

「ゆきは僕の名を忘れたんですか?悲しいですね」

「っ!!そうじゃなくて弁慶さん!」

「なんですか?」



ゆきは突然視界を遮られた。
‥‥‥と思ったすぐに、黒く覆うのは弁慶の外套だと気付く。

外套の中、弁慶の右腕が彼女の肩を抱いた姿勢だった。



「こうすれば暖かいでしょう?」

「や、あのっ‥‥‥暖かいですけどっ」

「僕もこうして貰えると、暖かく居られますから」



恥ずかしそうにじたばたもがいていたゆきは、弁慶のこの一言でぴたりと動きを止め、大人しくなった。

優しい彼女の事だから、弁慶に暖かいと言われれば振りほどけないのだろう。
それを逆手に取りこうしてゆきに触れる自分は、きっとずるい。











 


  

  
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