大地の陽番外編 | ナノ








『君の世界にはそんな日があるんですね』

『はい。いつもお世話になってるから、こんな時くらい感謝を込めて。
‥‥‥どうぞ、弁慶さん!』


手渡された桐の箱の中には、掌に乗る小さな薬壺。
白磁で出来たそれは、薄蒼で細かな紋様が描かれていて、丸くしっとりと手に馴染んだ。


『実用的かな、って思って』

『ええ、とても‥‥‥大切にしますね。ゆきさん、ありがとうございます』


心配そうにじっと見つめるゆきに、笑みを浮かべ頭を撫でる。
途端に安堵で緩む笑顔は、今よりもっと幼く見えた。


『‥‥‥でも、残念だな。もっと早く教えてくれれば、僕も君に贈り物が出来たのに』

『だから内緒にしてたんですよ!皆にありがとうって言いたかったから!
‥‥‥弁慶さん忙しいから、クリスマスに渡せないかと心配してたんです』


言いながら寒そうに、はぁーっと息を吹き掛ける。
そんなゆきの指先を、両手の平で包んだ。
少しでも彼女が、暖かいと感じる様に。


『‥‥‥来年は僕に贈り物をさせて下さいね』

『いいんですか!?』

『ええ、勿論』



無邪気に笑っていたゆき。

笑顔に満たされていた自分。




あれから、一年。
二人の距離は曖昧なものになったけれど。






―――約束を果たしましょう。

誰よりも愛しい、君と。










「ゆき、くりすますの日は僕に君の時間を貸して下さいね」

「‥‥‥?はい、いいですよ」





きっと独り占めするのは、
君の時間だけでは‥‥‥もう足りない。




君という祝福










「京の人達は誰もクリスマスなんて知らないのに、私だけ浮かれて‥‥‥何だか変な気分です」

「ふふっ。僕も嬉しくて浮かれていますよ」

「弁慶さんも?浮かれているんですか?」


ゆきは若干眼を丸くして、右斜め上に目線を上げる。
一歩前を行く弁慶がこちらを振り返って、微笑した。


「君のその可愛らしい瞳には、そう映っていませんか?」

「‥‥‥そんな言い方されたら、分かる物も分からないです」


弁慶さんはすぐからかうんだから、とぼやくゆきの頬が膨れる。


僕は本気なのに。

いつもはそう返ってくるのに、今日に限ってそれがない。
あれ?と不思議そうな表情を浮かべるゆきに、弁慶は微笑みかけた。


その笑顔のまま足を止める。
釣られて立ち止まったゆきに、徐に手を伸ばして‥‥‥髪に触れた。

ぴくん、と揺れる小さな肩は、警戒する小動物のように見て取れる。


「‥‥‥久し振りに付けてくれたんですね」


長い指が簪に触れた。


「え、あ、はい?でもずっと肌身離さず‥‥‥っあ!?
な、何でもないです!!」


自分の失言に気付いて、慌てて首を振るその頬は真紅に染まっている。



知らず、弁慶の頬も緩んだ。



夏の熊野で彼女に贈った、桜を象った簪。
陽光を受けて、きらりと銀光を放つ。



「嬉しいな。君がそんなに大切にしてくれているなんて‥‥‥簪が好きだったんですね」

「い、いえ‥‥‥あの‥‥‥‥‥たから‥‥‥」




聞かせようとは思ってなかったのだろう。


ゆきの唇から小さく漏れただけの一言。




けれど、弁慶の耳が聞き逃す事はなかった。



「‥‥‥ああ、頬に虫が」

「ひっ‥‥‥ぎゃあっ!!とっ‥とってっ!!」

「いいですよ、上向いて」

「はいっ‥‥!?‥んっ‥‥」



ぎゅっと眼を瞑り上向いたゆきの唇に、弁慶は音を立てて口接けた。




‥‥‥何が起こったのか分からない、きょとんとした一瞬を経て。




「‥‥‥‥‥‥っ!!」

「行きましょうか」



今や全身の血が頬に集まっているのだろう。
立ち止まったまま呆然としているゆき。

クスクス笑いながら弁慶はその手を取った。




「僕だと思って肌身離さず持っていてくれたなんて、君は本当に可愛い人ですね」

「弁慶さんのっ‥‥‥」



咄嗟に言い返そうと生まれたものは、ゆきの唇から零れる事はなかった。


言いたいけれど、言えなくて。

代わりに伸ばされた弁慶の、指先をぎゅっと握った。




「僕がどうかしたんですか?」


ゆきは首を降る。

俯き加減の彼女には見えていなかった。


弁慶の静かな微笑に。






 

  
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