大地の陽番外編 | ナノ







七月七日







それは、牽牛と織姫が

糸を手繰り寄せ

想いを紡いで











年に一度だけ、逢える日。



















きらきら星の、夢の夜。





















「‥‥おとうさん、おりひめとひこぼしは、まいにちあえないの?」


絵本を読み終えると、娘が不思議そうに問うてきた。


「ああ。会えないと言う話だ」

「ふうん」


愛し合っているのに会ってはいけない。
それがいたく不満らしい。


牽牛と織女が愛し合うが故に職務怠慢になり、天帝に逢瀬を禁じられた。


異国の神話というか童話と言うか、有名な話だとあかねは言う。

だが、泰明にもこの話の良さなど分からなかった。


「‥‥‥おとうさん」

「何だ」


五歳になった娘の大きな瞳。
赤い小さな豆電球の明かりの下で、硝子の様に仄かな光彩を放った。


「ゆきもね、おとうさんやおかあさんとあえなくなっちゃう?」

「心配ない」


即座に否定して考える、娘の真意。

一瞬の後に思い至り、泰明はふと表情を綻ばせた。



「‥‥心配は無用だ。それは物語に過ぎない。私とあかねは、ずっとお前の側にいる」





深く愛し合っているから、引き離されて
年に一度の逢瀬、という物語。





幼いゆきなりに考えたのだろう。

両親が大好きだから、深く愛されているから、自分達も引き離されてしまうのかと。


「ほんと?おとうさんとおかあさん、ずっといる?」

「無論だ」

「ずっと?ずううっと?」

「‥‥‥ああ」


額を撫でる手が自然と優しいものになる。

娘は嬉しそうに笑うと眼を閉じ、数瞬の間にすやすやと寝息を立て始めた。



「‥‥おやすみ、ゆき」



‥‥‥星の明かりが、彼女を包むように。

願いを、込めた。












ベランダに出ると、あかねが星を見上げていた。


泰明が隣に立つと見上げてくる。





眼が合えば笑いかけてくるから、応えるように妻の肩に手を回せば、胸に預けてくる体。
夜間とは言え汗ばむ暑さだというのに、この熱だけは手放せない。



「ゆきちゃん、もう寝た?」

「ああ。寝付きの良さはお前に良く似ている」

「‥‥‥もう」



あかねが頬を膨らます。

側に居る様になってから、泰明より遅く夢の世界へ旅立った事は数えるほどしかないあかね。
それを泰明本人に突付かれれば、何も言えなくなる。

声を上げて笑う夫を恨めしげに見遣った。






‥‥‥本当のことは秘密。

眠る瞬間に垣間見る、愛しげに細められた夫の眼がたまらなく好きだなんて。

見守られて眠る僥倖を今でも噛み締めているなんて。




「あかね」

「なぁに?」

「私とお前がすっと側に居てくれるかと、ゆきが聞いてきた」

「‥‥ああ、そっか。七夕の絵本を読んであげたからだね?」



どういった経緯で娘がその台詞を吐いたか理解して笑う。

流石はゆきの母。
泰明には、こうも容易く娘の感情を理解できない。
未だ人の感情は理解に苦しむ時があるのだから。


「ずっと‥‥‥側に居る、そう約束した。だが、それでいいのか分からなくなった」

「泰明さん?」

「ずっと。そう約束して良かったのか?人の命には終焉が来る。私はいつかゆきを置いて、壊れ‥‥‥いや、死を迎える」



‥‥‥このような問いを紡いで呆れられはしないか。

泰明の中で回る、一つの疑問。





人になった自分はいつか死ぬ。
明日か、数十年後か。

そしてあかねも。

自分が先か妻が先かは分からぬが、生きる物の延長線に必ず終焉が来る。













【ずっと】














そんな約束をして良かったのだろうか。

その約束が破られたと、ゆきが絶望する日が来るかもしれないのに。



 

  
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