大地の陽番外編 | ナノ
───おめでとう
僕を祝う君の声
無色だったこの日を彩ってくれたのは
意味を持たせてくれたのは
愛しい、君───
この日が近付くと、ゆきの様子がおかしくなる。
長い溜め息を吐きながら沈んだかと思えば、突然顔を上げたり。
かと思えば暫くするとまた俯く。
それは今年も例外に漏れず行われた。
「病ではないのか?」
ゆきの事を心配して声を掛けても「元気ですよ〜。へ、へへっ」と微妙に引き攣った笑顔を返された九郎。
顔色も別段悪くないし、そう言われれば「‥‥そうか」と引き下がらずにいられなかったのだ、何故か。
仕方ないので今度は仲間である薬師に、同じ事を訊ねたが。
「ゆきの事なら心配要りません。もうすぐ元に戻るでしょうし」
「お、お前は心配ではないのか!?」
彼女の恋人である軍師の言葉に、思わず詰め寄った。
「心配と言うよりは、楽しみですね」
「‥‥は?」
「僕の為にあんなに悩んでくれて‥‥可愛いでしょう?」
「弁慶、お前‥‥」
「今年は何が来るんでしょうか」
にこにこ、にこにこ。
ゆきとは対照的に物凄く上機嫌なこの男は、怪訝な目付きの九郎を振り向く事がなく。
視線の先で悶々としている恋人をひたすら愛でていた。
ゆきの悩みの種は、数回眠ると訪れる大切な‥‥‥あの日のことだと知っているから。
‥‥この日がやって来た。
何を贈ればいいか、今年もゆきは悩みまくった。
悩んで悩んで‥‥九郎に心配され、朔や望美や譲には色々と相談に乗ってもらって。
『拙いものだが、ゆきの力になれるなら‥‥』
と、何故か敦盛に笛を吹いてもらい
『ゆきちゃんの為に特別練習したんだよ〜』
と景時が嬉しそうに笑う横で、式神のオオサンショウウオがくるくる宙返っていた。
(よく分かんないけどラッキーなんだよね?敦盛くんの笛はなかなか間近で聴けないし!景時さんのは謎だけど)
そうこう考えている内に、いつの間にか弁慶の私室の前。
「弁慶さん。まだ、起きてますか‥?」
「‥‥ゆき?こんな時間にどうかしましたか」
「え、えっと、あのね‥‥‥」
「とにかく中へ。風邪を引いてしまいます」
真夜中の静寂と、冬の厳しさが身に染みる。
日付は恐らく変わっている頃だろう。
弁慶に肩を抱かれながら室内に入ると、敷いてあった夜具が燭の明かりに照らされていた。
妙に艶めかしくて、恥ずかしくて。
考えないように目を瞑りながら、ゆきは弁慶に抱き付いた。
「べ、弁慶さんっあああの私!」
「ふふっ、落ち着いてください」
「お、お誕生日おめでとうございます!いい一番にお祝いしたくてっ」
「‥‥‥ありがとうございます」
「生まれてくれてありがとう。それと、その‥‥‥傍に、いてくれて‥ありがとうございます」
胸から顔を上げ、照れて笑うゆき。
弁慶は強く抱き締めた。
「‥‥‥僕も、生まれた事に感謝しています。君に出逢えて‥‥‥ありがとう、ゆき」
耳に掛かる吐息が、甘い。
「弁慶さん、好きです」
弁慶の耳元で囁くゆきの言葉もまた、甘くて。
引き寄せられるように唇が触れる。
‥‥少しして離れた唇を名残惜しむように見上げるゆきに、弁慶はにっこり笑いかけた。
「嬉しいですね。ゆきから夜這いを掛けてくれるなんて」
「えっ?違‥‥‥んんっ」
反論の言葉は、深い深いキスによって最後まで紡がれる事はないまま‥‥。
いつもより寝坊して、朝を迎えた。
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