大地の陽番外編 | ナノ
☆TRICK☆or☆TREAT☆
「ゆき」
「はい?」
陰陽師の師匠たる青年から借りた絵巻物をつぶさに眺めていたゆきは、心地よい声に名を呼ばれて振り向く。
「ゆき。とりっくおあとりーと」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「おや、違いましたか?君の世界では、今日はこう言うそうですね」
「え、と‥‥‥誰からですか?」
冷や汗を掻きながらゆきが尋ねた。
「譲くんが教えてくれたんですよ。こんな習慣があるなんて、君の世界は面白いですね」
「いやあ、そんなに習慣付いてないですよ〜」
(有川くんのアホ眼鏡!!)
あはは、と笑いながらゆきは一歩下がった。
【TRICK or TREAT】
‥‥‥お菓子か悪戯か。
もちろん、ゆきだって知っている。
ハロウィンだって両親が生きていた頃は、毎年のように楽しんだ。
父の泰明が南瓜を器用に彫り、母のあかねがくりぬいた南瓜で得意料理の‥‥‥‥‥‥‥‥‥何故か煮物を作ってくれて。
お菓子だっていっぱい貰った。
遠い記憶‥‥‥‥‥‥
(いやいや今は懐かしんでる場合じゃなくて!!)
はっと気付いたゆきは、誤魔化すようににっこりと笑いかけながら一歩ずつ下がる。
弁慶も優しく微笑み‥‥‥一歩ずつ距離を詰める。
ドン
後退るうちに柱にぶつかったゆきの両脇に、逃がさないように手を付けば、二人の距離は手のひら位に。
「ゆき?とりっくおあとりーと、です。お菓子はないんですか?」
(お菓子って!子供じゃないんだし)
何と言うか、この体勢は色々とやばいのでは?と思うとゆきは真っ赤になっていた。
「じゃあ!!べ、弁慶さんこそ、トリックオアトリート!!」
「はい」
よくぞ聞いてくれました。
そう言わんばかりに、ふっと笑って‥‥‥
「え、えええっ!?」
「こんな事もあろうかと、譲くんに分けて貰ったんですよ」
ゆきの手のひらに、小さなまあるい包みがひとつ。
「胡桃餅、ゆきは好きでしょう?」
「はい!大好きです!!弁慶さんありがとう!!」
「いいえ。今度は君の番ですから」
「‥‥‥‥‥‥あ」
予想外の好物に、全てが吹っ飛んだゆきの意識を元に戻したのは‥‥‥艶のある、声。
「とりっく、おあ、とりーと?」
唇が微かに触れる位置で囁かれれば、もう何も考えられなくなる。
ゆきの頬は桜色で、眼は潤んできた。
「‥‥‥ずるい。私が何にも用意してないの、知ってるくせに」
「当たり前でしょう?」
背後は柱。
顔の両脇には、黒い外套から伸びた腕。
‥‥‥長く重なった唇が離れると、痺れるような余韻が残る。
「‥‥‥でも、他の人に同じ事を言われないように‥‥‥」
「へっ?」
「‥‥‥いいえ」
もう一度、今度はもっと深く唇を重ねた。
抵抗しないゆきを夢中にさせようと、深く。
名残惜しむように唇を放すと、ゆきは喘ぎにも似た溜め息を漏らした。
「弁慶さんのばか‥‥‥」
小さな声が揺れていて、彼女はぺたん、と座り込んでしまった。
(これ位で腰を抜かすなんて‥‥‥)
引っ張り起こしながら、ほくそ笑んだ。
‥‥‥初心なゆき。
これだけで腰を抜かしたらこの先はどうなるのか、なんて思う。
「来年は用意しますからねっ」
まだ色付いた頬のまま。
少し怒って言うゆきが愛しいと思った。
「‥‥‥‥‥‥ええ、来年も楽しみにしていますね」
「なんか悔しい‥‥‥」
『来年』
有り得ない未来を夢見るのは、目の前にゆきが居るからだろうか。
座り込んだままのゆきに合わせて弁慶も腰を落とした。
ゆっくり顔を近付ければ、彼女はぎゅっと眼を閉じて顔を少し上向ける。
今度は、啄むようなキスを、飽きるほど繰り返した。
それは貰ったお菓子よりも
きっと甘くて誘惑いっぱいの、悪戯
ハロウィンなんて別にとりたてて何かするつもりではなかったのに、『やっぱり書いとくべき?』と思って書いちゃったお話です。
20071030
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